おとり捜査判決:「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」とは?

公然と裏金をつくり、組織全体で犯罪事実を隠蔽し続けている警察官自身が「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」と市民から思われている問題*1は、とりあえず横に置いておきます。(置いちゃいけないけど/苦笑)

おとり捜査に3条件 大麻事件で最高裁初判断
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040714-00000263-kyodo-soci

3条件は、
(1)直接の被害者がいない薬物犯罪などの捜査
(2)通常の捜査方法だけでは犯罪の摘発が困難
(3)機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者が対象
で、いずれも満たした場合におとり捜査は許容されるとした。

以下、判決文より抜粋。

http://courtdomino.courts.go.jp/judge.nsf/dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/c65cb1bc5741830649256ed2001a6476

判例 平成16年07月12日 第一小法廷決定 平成15(あ)1815 大麻取締法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件
要旨:
 大麻の有償譲渡を企図していると疑われる者を対象にして行われたおとり捜査が任意捜査として適法とされた事例
内容:  件名 大麻取締法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件 (最高裁判所 平成15(あ)1815 平成16年07月12日 第一小法廷決定 棄却)
 原審 大阪高等裁判所 (平成13(う)1407)
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2 以上の事実関係によれば,本件において,いわゆるおとり捜査の手法が採られたことが明らかである。おとり捜査は,捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が,その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け,相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが,少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。
これを本件についてみると,上記のとおり,麻薬取締官において,捜査協力者からの情報によっても,被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず,他の捜査手法によって証拠を収集し,被告人を検挙することが困難な状況にあり,一方,被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから,麻薬取締官が,取引の場所を準備し,被告人に対し大麻樹脂2㎏を買い受ける意向を示し,被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても,おとり捜査として適法というべきである。したがって,本件の捜査を通じて収集された大麻樹脂を始めとする各証拠の証拠能力を肯定した原判断は,正当として是認できる。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官泉紱治 裁判官横尾和子 裁判官甲斐中辰夫 裁判官島田仁郎 裁判官才口千晴)

おとり捜査の違法性に関しては「犯意誘発型」「機会提供型」に分けて後者を合憲とする判断がありましたが、複数の新聞の社説がおとり捜査に対する疑念や条件付の具体化を求めており、国会でおとり捜査に関する議論も続くなど、世論もまたおとり捜査に対する危惧を表明していたこともあったためか、過去のおとり捜査に関する条件基準にくらべると、若干ですが、今回の判決では条件が具体的になった感じもします。
これがベストの条件なのか、判例の積み重ねで対応するのか、それとも立法での条件整備が必要なのかについては、もう少し考えて見たいと思います。

刑事訴訟法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO131.html

第百八十九条
○2  司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
第百九十七条  捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。

おとり捜査の場合、犯罪は「ある」というより「警察によって作られる」という見方もできますね。

捜査は、犯罪が発生していることが前提となる。その意味で、犯罪が発生しようとしているため、それを予防ないし制止しようとする行為(警職5条)は、警察官の行為ではあっても、司法警察職員として司法警察権を行使するものではなく、行政警察権の行使にしかすぎず、したがって「捜査」ではない。
(「大コンメンタール刑事訴訟法」三巻/青林書房1996年)

捜査ではない。じゃあ捜査できないじゃないかという考え方もできます。一方で「犯罪の予防活動だ」という警察側の主張もあります。
戦前、「予防拘禁」という制度がありました。予防拘禁して1ヶ月留置所に入れて、予防拘禁最終日に1分だけ釈放してすぐに予防拘禁してまた1ヶ月留置所入り。それをエンドレスさせていました。
そこまでではないものの、予防拘禁に近い予防的捜査活動をどこまで認めるか。捜査の端緒の例外をどこまで認めるのか。その具体的な線引き。そしてその判断方法と手順が議論になっているとも考えられます。

1 犯罪があったとき
2 犯罪があると思料するとき
3 犯罪があったと思料はできないが機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者がいる時
4 犯罪があったとは思料できないとき

1は現行犯で即逮捕。2は捜査の端緒となり、4では捜査はできない。
最高裁は3も捜査OKと判断。検察は、買い手となった巡査は職務上の正当行為と認定*2
何度読んでも私にはわかりません。「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」が誰なのか。その者をそうでない者とをどうやって、どんな判断基準で判別するのかを。
警察や検察の裁量にまかせていると、「犯意」の有無の判定方法が限りなく広がり、濫用されるのではないかという危惧があります。
聖書では、実際に人を殴った人だけではなく、心の中で殴ってやりたいと思った者に対しても神は罰を下すと教えています。「原罪」という言葉もありますが、少なくともキリスト教信者にとっては、人間は誰もが“悪の心”を持っている存在であり、「罪人」です。(だから神に救いを求める) 神様は全知全能でしょうから心の中まで全部知っているので、裁くのも赦すのも完全無欠自由自在でしょうが、日本の警察官に、否、人間にそんなことできますか?
ピーポ君のアンテナが犯罪のデンパをピピピとキャッチするのでしょうか? 警察官は神ですか? 
美女から誘惑された時に「君と寝るなら焼いた石の上で寝たほうがましさ」などときっぱり断われる独身男性がどれくらいいるのか私は知りませんが、誘惑のプロの“おとり捜査官”から犯罪を誘引されてきっぱり断れる人がどれくらいいるでしょう?
日頃の言動によって「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」であるかが判定されるということはありますか?
たとえば、ヤクザ映画を見ていた人は「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」ですか?
手鏡と盗撮ビデオを持っているテレビコメンテーターは「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」ですか?
たとえば、はてなダイアリーの記述内容から「機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者」を特定することは可能ですか?
将来的に国民全員に対して犯罪思想傾向調査を実施することは可能ですか?
「薬物犯罪など」のなどとは具体的にどんな犯罪を指すのでしょう?
たとえば、野党議員や反戦自衛官市民派裁判官に対して贈収賄罪でのおとり捜査を実施することは可能ですか? 
さらに気になることですが、盗聴法(通信傍受法)と組み合わせておとり捜査が使われた場合に、どうなりますか? 電話一本でおとり捜査で逮捕というようなことも可能ですか?
おとり捜査が広がると、すれ違う人、通り過ぎる人全員が“おとり捜査官”に見えて、政府にとって都合の悪い政治的主張をしている議員や、政府批判者の言論が萎縮することにはなりませんか?
以上、疑問を書くに留めておきます。正解は各自で考えて出して下さい。

推薦図書
現代刑事訴訟法
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/roppou/keiji/genkeiso2.html

選挙で「おとり」になると“犯罪”です。

公職選挙法(昭和二十五年四月十五日法律第百号)
(おとり罪)
第二百二十四条の二
 第二百五十一条の二第一項若しくは第三項又は第二百五十一条の三第一項の規定に該当することにより公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(以下この条において「公職の候補者等」という。)の当選を失わせ又は立候補の資格を失わせる目的をもつて、当該公職の候補者等以外の公職の候補者等その他その公職の候補者等の選挙運動に従事する者と意思を通じて、当該公職の候補者等に係る第二百五十一条の二第一項各号に掲げる者又は第二百五十一条の三第一項に規定する組織的選挙運動管理者等を誘導し又は挑発してその者をして第二百二十一条、第二百二十二条、第二百二十三条、第二百二十三条の二又は第二百四十七条の罪を犯させた者は、一年以上五年以下の懲役又は禁錮に処する。

 
フジテレビのプロパガンダ番組。
 

おとり大捜査線 IN USA
http://www.fujitv.co.jp/jp/wareware/otori01.html

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3年後の児ポ法法改正で単純所持罪が施行された場合に想定されるおとり捜査。(空想)

男X ねぇねぇお兄さん、いい写真あるよ。
男A は?
男X とっても若い女の子だよ。すごいよ。
男A え? もしかして児ドーぽルの?!
男X シッ。お兄さん声大きい。1枚2千円だけど5枚で5千円でいいや。すごいやつだよ。絶対オトク!
男A 本物?
男X 本物本物。間違いない。いま持っている分が最後だからもう買えないよ。
男A 5千円かぁ。
男X 絶対本物だって。お兄さんそんなに疑うんなら、とりあえず1枚1000円で買って確かめてみてよ。
男A うーん。じゃあ1枚だけ。
男X OK! お兄さん話わかる人だね。ここで買ったこと他の人に言っちゃダメだよ。(と写真を1枚渡す)
男A わかった。はい、小1枚。(と千円札を渡す)
カシャッ(フラッシュ音)
男X 着手現認!
バタバタバタバタ(屈強な男が10人ぐらい一斉に男Aを取り囲む)
男A な、なんだなんだ? カメラ? あんたら誰だ?
男X 渋谷暑の警察だ。児童ポルノ所持罪の現行犯で逮捕する。執行時刻午後23時20分。
カシャ(男Aに手錠をかける)
男A ・・・・・・。(゜ロ ゜;)

 
ネットでの実例。

米捜査当局、P2Pを使った児童ポルノの流通に照準
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040517-00000005-cnet-sci

連邦政府の捜査当局チームが、ファイル交換ネットワークでの児童ポルノ交換防止に向けた新たな取り組みを発表し、すでに2003年の秋からおとり捜査が行われていることに言及した。

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