東京都青少年健全育成条例施行規則第十五条三項をめぐって

 

東京都健全育成条例改悪案、委員会可決:淫行処罰・ネット規制義務化を導入
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050325#p1

 
について、議論があったようで、ありがとうございました。
 

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/comment?date=20050325#c

# 玉里 『キタノさんの言い分を額面どおりに受け取るとあらゆる既存の刑罰法規と刑罰法規の新設に反対しなければならないような。』

 
玉里氏という方は面識が(たぶん)ありませんが、単純に誤読かと。というか、玉里氏の主張の前提が不明なので、玉里氏はウェブログで自分の意見を書いてトラックバック送ってください。
東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則」*1の「違法行為描写規制条項」*2が、様々な犯罪規定の肯定表現を不健全指定対象とすることは事実ですが、「既存の刑罰法規と刑罰法規の新設に反対しろ」とは書いていません。
言論の自由表現の自由の議論は、暴力行為の否定という前提の上に成立していることは、改めて書くまでも無いことだと思いましたが、誤解されないよう今後はそうした前提をあえて書くよう努力したいと思います。鎌倉さんにはご迷惑をおかしたようでどうもすみません。
 
くり返しになりますが、私が言いたかったことは、
 

青少年健全育成条例「改正」制定
 ↓
(効果)
 ↓
淫行処罰規定→(効果)→淫行実行者への処罰
 ↓
(効果)
 ↓
条例施行規則→(効果)→不健全図書指定範囲の裁量の拡大
 ↓
(効果)
 ↓
淫行肯定描写図書類に対する不健全図書類指定
   →(効果)→流通業界への指導裁量権の拡大
 ↓
(効果)
 ↓
淫行肯定描写図書類の取締り・出版流通業界への指導
 ↓  →(効果)→出版流通業界の流通自粛の拡大
 ↓
(効果)
 ↓
読者の減少→(効果)→出版活動の自粛の拡大

 
このように、青少年健全育成条例「改正」案の制定を起点として、様々な行政効果が連鎖的に発生し得るので、今回の条例「改正」は漫画とはまったく関係ないとは言えない、ということを私は言ったつもりです。
私の主張は健全育成条例施行規則第十五条三項の廃止にあり、全刑罰の廃止ではありません。*3犯罪の実行行為は実行行為、犯罪の表現は表現、実行行為と表現は区別すべきです。
 
もうひとつ、施行規則第十五条三項の論点を示します。
私自身は「淫行」と呼ばれている行為(金銭のやりとりを伴わず法律的婚姻も前提としない性行為)は犯罪ではないと考えていますが、「殺人と淫行は犯罪であっても犯罪の質は違う」と考えている人はたくさんいるわけで、殺人の表現と淫行の表現は区別すべきだと考える人も当然います。
殺人罪は施行規則制定(平成16年4月1日)前に作られた犯罪刑罰ですが、淫行処罰規定は施行規則後に作られる刑罰なので、施行規則制定当時の犯罪肯定描写だけに対する不健全指定を支持して淫行処罰に反対している人は、「淫行処罰規定を認めるべきでなはない。淫行処罰規定をつくるなら肯定表現規制を修正廃止すべきだ」と主張するしかありません。
私は、あくまでも犯罪の実行行為が悪であり、殺人であろうがなんだろうが、実行(行為後の結果)と表現(行為前の内心)は区別されなければならないとの原則的立場に立脚しているので、あくまで施行規則第十五条三項を削除すべきだという考えですが、施行規則第十五条三項の必要性を前提とするなら、淫行処罰規定を削って児童福祉法の淫行罪の弾力的運用とかで対応するといった判断があっても良いと思います。
 

東京都青少年の健全な育成に関する条例施行規則
平成16年3月31日規則第98号
http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/ag10133671.html
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/index9files/ikuseikisoku.htm

第3章 不健全な図書類等の販売等の規制
(指定図書類、指定映画等の基準)
第15条 条例第8条第1項第1号の東京都規則で定める基準*4は、次の各号に掲げる種別に応じ、当該各号に定めるものとする。
三 著しく自殺又は犯罪を誘発するもの 次のいずれかに該当するものであること。
イ 自殺又は刑罰法規に触れる行為を賛美し、又はこれらの行為の実行を勧め、若しくはそそのかすような表現をしたものであること。
ロ 自殺又は刑罰法規に触れる行為の手段を、模倣できるように詳細に、又は具体的に描写し、又は表現したものであること。
ハ 電磁的記録媒体に記録されたプログラムを電子計算機等を用いて実行することにより、人に刑罰法規に触れる行為を擬似的に体験させるものであること。

 
施行規則第十五条三項が削除されれば、淫行処罰規定と漫画は原則無関係になりますので、「淫行は処罰されるべきであるが漫画は規制されるべきではない」と考える人の立場に立って考えると、「淫行処罰規定創設を認める条件として施行規則第十五条三項の削除せよ」と条件闘争を展開し、淫行処罰規定創設を逆テコにして施行規則の修正を促すこともできたはずです。
はっきり言って、表現の自由を求める立場の人たちにとってこの半年間は、淫行処罰規定に賛成する勢力を分断し、施行規則第十五条三項をぶっつぶす絶好の反撃チャンスだったのですが、そのチャンスを活かすことができなかったのは残念でなりません。(そういう意味では私も反省してます)
もし、「青少年の性行動について考える委員会」が設置された去年の9月の時点で出版業界関係者の方たちがまとまって条件闘争をはじめていたら、かなり状況は変わっていたかもしれないなと思います。が、いまからそれをやるにはちょっと遅すぎとも思います。
流対協とかがんばっている人はがんばっているというのはわかるし評価はしているのですが、なにやってんだ出版関係者は、てな感じです。
 
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というようなことを書くと、みなさん暗くなってorzになってしまうと思うですが、私は過度に悲観する必要は無いと思いますし、希望が完全に無くなったわけでもないと考えます。
野球で喩えるなら、2回の裏が終って4点差というところでしょうか。点差は開いているけど負けと決まったわけじゃない。ヒットとエラーふたつで満塁になってから一発本塁打が出れば同点です。敵のピッチャーは高齢のわりに調子が良いようですけれど(笑)、実は、東京都もかなりエラーを出しているのですよね。副知事や前田先生や赤枝先生のファナティックな発言はその一例。ヒットを出せは点が入るのに、バットを振るどころかバッターボックスにすら入らないので点差が開いているという状況。
 
条例の規制は、あくまでも出版流通規制であって出版規制ではありませんし、原則として青少年に対する流通が規制されているだけで流通のすべてが規制されているわけでもありません。(例外は自販機規制。自販機だけは成人に対する販売も規制されます。)
条例の施行規則は、条例による「委任」(条例の詳しい内容を規則で定めよとの条例上の命令)によって、知事の権限で制定することになっています。条例の「委任」がある以上、知事は施行規則の制定そのものを否定することはできませんが、規則の内容に関しては知事に裁量権が認められます。*5
つまり、知事が変れば施行規則や規制も変え得ます。
これは表現規制にかぎりませんが、行政規制の多くは、もともと政権交替すればあっけなく崩壊する程度の規制実効性しかなく、立法者の思惑通りの施政を実行する知事(政権)が永遠に選出され続けるという前提で動いているということです。
 
なので、犯罪肯定表現規制に限らず、施行規則で運用されている出版流通規制の多くは、知事を替えればかなり解決できます。
たとえば、北海道では、社会党の横路知事(現民主党副代表)の次に自民党民主党の相乗りで選出された掘知事の最後の一年間で、青少年保護育成条例の個別指定関連事業予算がゼロになるという画期的な「行政構造改革」が実行され、有害図書指定制度のいわゆる「有害図書類個別指定審査制度」が中断し、「包括指定」(業界自身による有害指定対応)だけの対応になったため、出版流通規制が大幅に後退しました。
いいですかみなさん。この日本で、九州と四国を合わせたぐらい広大な地域で、青少年育成条例が大幅に無効化された前例があるのです。
その後、北海道では、知事を支持していた有力組合が支持を取り消すなど知事の政治基盤が崩れ、掘知事は再選できなくなり、個別指定審査関連事業予算が復活してしまいましたけれど、県民の努力と知事部局のイニシアチブがあれば、条例を廃止することはできなくても、「行政構造改革」によって事実上規制を廃止することで、条例そのものをかなり無効化できることは実証されています。
 
もうひとつ実例を示します。
青島都政の後半に、不健全図書類の個別指定件数が少なくなったということがありましたが、あれはやっぱり出版流通規制に対する裁判があったり、反対運動が組織されたり、出版流通規制に関心を寄せる都民が(特に青島支持者の中から)増えてきたことに対する青島都政(の都民協働部当局)なりの対応だったわけです。
実は、石原都政も、知事選と都議戦の選挙前後は、選挙対策のフレームアップとして条例改正の「実績」を作る一方で、出版社による反対運動が大きくなりやすい漫画に対する不健全図書類指定を控える傾向があり、最近は単行本は指定せず雑誌のみに指定を限定したり、雑誌を指定しても漫画を避けるといった具合に、微妙に指定内容を青少年対策室当局の方で調整しているのが実態だったりします。(ということをふまえて http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050325#p3 を読むと、それだけ石原知事サイドが私たちをなめきっていると推測できるかもしれません。)
 
東京都で、たとえば、次の知事選挙で鎌倉さん(仮名)が知事候補になって当選し、鎌倉知事(仮名)が施行規則第十五条三項の削除を告示すれば、その瞬間、淫行(婚姻関係に無い18際未満との無償的性交)の肯定描写も含め、犯罪肯定表現描写に対する規制は無くなります。施行規則は、石原知事の任期中に変えることは難しいでしょうが、それ以降はどうなるかわかりません。
実際問題として、施行規則を変えるためには知事を替えただけではだめで、様々な政治的なステップを乗り越えなければならないため容易ではありませんが、いったん制定された条例を廃止するよりは政治的には楽です。
知事裁量で変える事ができる施行規則は、知事を交替させずとも政治の力で知事の政策を変更させ、施行規則第十五条三項の運用を行政当局の裁量で制限するという道もあります。知事を替えるコストを考えると、政策修正が現実的な選択というところでしょう。
たとえば、犯罪肯定描写規制の廃止を知事主導で議論し*6、政治折衝の落し所として、粗暴犯のみを肯定描写規制の対象犯罪に限定するという形で歯止めをかけることは、比較的実現可能な現実的な政治選択だと思います。*7
 
古くさい言葉ですが、みんなが団結し人をまとめればまとめただけの効果はあるわけで、わたしたちが議論し人をまとめる努力を怠ればそれだけ政治も悪くなります。民主主義社会ではあたりまえのことです。
ということを念頭に、柔軟に粘り強く表現規制に対応していけば良いのであって、条例改正を阻止できなくても、ひとつのラウンドが終っただけで打つ手が完全に無くなるということは無いですし、過剰に悲観したり諦観する理由は無いです。
 
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これは表現規制の問題に限りませんが、規制を進めている当局よりも、

もうだめだー。
これはもう変らないよー。
負け組はいやだから勝ち組みに乗っちゃえー。

みたいに諦めたり絶望してしまう人の方が、困難な状況を増幅していることがよくあります。
これは自分も含めての警句ですが、絶望や諦めは、困難な状況に陥ってしまった自分を、あるいは解決方法を知らない自分を、弁護したいだけかもしれません。
解決方法を知らない自分を弁護したいという誘惑にかられる気持ちは、私も経験があるのでわかりますけれど、自分自身の知識や情報源を不断に見直し、批判を受け、判断の前提を検証し続けることで、そうした誘惑から脱することができると私は信じます。
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*1: http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/index9files/ikuseikisoku.htm

*2: 第15条3項

*3:以前も書きましたが、私は、法的権力の存在を民衆による統治手段として容認する法治主義者であって、反権力を絶対目的とするアナーキストではありません。

*4:東京都青少年の健全な育成に関する条例第8条第1項第1号 「(不健全な図書類等の指定)第八条 知事は、次に掲げるものを青少年の健全な育成を阻害するものとして指定することができる。一 販売され、若しくは頒布され、又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で、その内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/ag10121501.html

*5:参考図書 「政法入門 第4版」 http://d.hatena.ne.jp/asin/4641129746 「基礎行政法 法律学テキスト」http://d.hatena.ne.jp/asin/4847118804行政法の基礎知識 (2)」 http://d.hatena.ne.jp/asin/4797255625

*6:たとえば「石原慎太郎の傑作小説「完全なる遊戯」や右翼のバイブル「日本改造法案大綱」や2.26事件の青年将校の行動を肯定的に漫画化できないなんて、日本の健全文化の発展にとって大いなる損失だ。」とか。(舌) http://zirr.hp.infoseek.co.jp/020364.html

*7:規制対象法令の限定による歯止めの具体例としては、たとえば盗聴法制定の時に、公明党が盗聴の対象犯罪を別表で個別に明記することで「歯止めをかけた」と主張したことがありました。まあ盗聴法の場合は「歯止め」になっていなかったわけですが、不充分ながらも時間稼ぎ的に歯止めをかける条件闘争としてはそういう選択肢もあり得るかもしれません。