講談社『巨乳ドラゴン』出版中止:鳥取県教委への質問と回答

 
アッパーズ」は休刊になりました。アッパーズ休刊に伴い好評だった連載もむりやり完結。一部連載はヤンマガに移動するとのことです。
アッパーズ」休刊の原因はいろいろ考えられますが、コンビニ流通停止が一因になっていたことは間違いのないところかと思われます。
コンビニ流通停止の理由はいろいろ推測できますが、決定打になったのは、後述する通り、鳥取県による「有害図書」個別指定が影響した可能性はありそうです。
尚、『巨乳ドラゴン』は出版中止でなく発売延期だという情報*1もあるようですが、講談社としては発売予定は未定で、代替出版社の予定は今のところ無く、実質的に発行中止になっています。
以下、取次ぎの株式会社太洋社の情報。

■株式会社太洋社
http://www.taiyosha.co.jp/
コミック発売日変更 更新日:2004.12.6
http://www.taiyosha.co.jp/comic/comic_changedate.html

講談社 アッパーズKC 巨乳ドラゴン
三家本礼 567 12/09 → /未定 雑誌扱

 
 さて、講談社の雑誌『ヤングマガジンUPPERS』に連載されていた三家本礼さんの作品『巨乳ドラゴン』の出版中止問題について、私は鳥取県教育委員会青少年健全育成条例の所管当局*2に公開質問を出していましたが、12月10日、公開質問に対する回答がきましたので、ここに公開します。
 企画部協働推進室及び教育委員会事務局教育総務課の2004年12月10日付回答「青少年に有害な図書について」によると、鳥取県*3は『巨乳ドラゴン』を含む雑誌『ヤングマガジンアッパーズ』に対し「個別指定」をしていたが講談社に対する行政指導は行っていないとのことです。
 
以下、公開質問メール。

Subject: 講談社に対する行政指導に関する質問
Date: Thu, 02 Dec 2004 **:**:** +0900
From: kitano
To: kyouikusoumu@pref.tottori.jp
鳥取県教育委員会御中
委員長山田修平 様並びに
教育長 様

              • -

Subject: 講談社に対する行政指導に関する質問
Date: Thu, 02 Dec 2004 **:**:** +0900
From: kitano
To: kenminshitsu@pref.tottori.jp
鳥取県御中
総務部県民室県民の声担当者様並びに
企画部協働推進室青少年担当者様

              • -

 
出版の自由に関心のあるグループを主催している一個人として、鳥取県教育委員会に質問致します。
 
2004年11月30日、「鳥取県教育委員会が、講談社に対し、青年向け漫画誌ヤングマガジンUPPERS』で連載された三家本礼氏著作のコミックス作品『巨乳ドラゴン』の表現に関して行政指導を実施し、当該著作の単行本発売の中止を求めたため、発売が中止された」との情報を、三家本礼氏が発信したと思われる情報により得ました。
当方としては、関係者や読者が当該出版物の発売中止に失望していることに鑑み、出版の自由を擁護する観点から、鳥取県教育委員会が出版妨害を実施し違憲無効な行政活動を実施しているのではないかとの疑念を持ち、係る事態を注視しているところです。
 
そこで、鳥取県教育委員会山田修平様に対し、公開を前提として下記の通り質問致します。
 
               記
 
質問1 鳥取県教育委員会が、講談社に対し、青年向け漫画誌ヤングマガジンUPPERS』で連載された三家本礼氏著作のコミックス作品『巨乳ドラゴン』の表現に関して行政指導を実施したとの情報は事実か。貴職の御見解を伺いたい。
質問2 質問1が事実の場合、その行政指導の理由と教育的根拠及び法的根拠について、貴職の御見解を伺いたい。
質問3 一般論として、出版社に対する教育委員会による出版妨害について、日本国憲法第21条の解釈の整合性を含めた貴職の御見解を伺いたい。
質問4 質問1が事実の場合、質問1のような行政指導は今後継続されるのか。貴職の御見解を伺いたい。
 
以上、質問致します。
精査の上、御回答の程宜しくお願い申し上げます。
誠に恐縮ですが、鳥取県教育委員会に対する関係者・読者の疑問を早期に払拭するためにも、速やかなご回答を希望致します。回答が遅れる場合はその旨ご連絡頂ければ幸いです。
 
Re-anger主催
北野桂
ki@tree.odn.ne.jp

 
以下、公開質問メールに対する鳥取県の回答。
 

Subject: 御質問にお答えします。
Date: Fri, 10 Dec 2004 19:23:15 +0900
From: kenminshitsu@pref.tottori.jp
To: ki@tree.odn.ne.jp

              • -

北野桂 様
平成16年12月2日付けで鳥取県並びに鳥取県教育委員会宛にお寄せいただいた御質問につきまして、企画部協働推進室及び教育委員会事務局教育総務課から次のとおりお答えいたします。
 平成16年12月10日
       鳥取県総務部県民室長
 
【青少年に有害な図書について】
12月2日に送信いただいたメールの質問について、次のとおり回答します。
 
<質問1>
鳥取県教育委員会が、講談社に対し、青年向け漫画誌ヤングマガジンUPPERS』で連載された三家本礼氏著作のコミックス作品『巨乳ドラゴン』の表現に関して行政指導を実施したとの情報は事実か。貴職の御見解を伺いたい。
(回答1)
鳥取県教育委員会が、株式会社講談社に対して行政指導を行った事実はありません。
なお、鳥取県知事は、鳥取県青少年健全育成条例第13条第1項第1号に該当するとして、次の図書類を平成16年9月14日付鳥取県告示第662号で青少年に有害な図書類に指定し、鳥取県公報第7620号で告示するとともに、県内の書店等へ通知しました。
・指定番号:6975
・種別:雑誌
・図書類
・題名及び号数:ヤングマガジン アッパーズ VOL.17
・発行記号等:雑誌28101-9/07
・表示された発行所名:株式会社 講談社
鳥取県青少年健全育成条例に基づき、青少年に有害な図書類として指定する行為は、それによって当該図書類の出版及び販売が禁止されるものではなく、鳥取県内で青少年に対して販売及び貸し付けをする行為などが禁止されるものです。この場合、「ヤングマガジン アッパーズ VOL.17」がその対象となります。
 
<質問2>
質問1が事実の場合、その行政指導における貴職の関与の有無及びその内容及びその理由と法的根拠について、貴職の御見解を伺いたい。
(回答2)
行政指導の実施の有無については、回答1でお答えしたとおりです。
 
<質問3>
一般論として、出版社に対する教育委員会による出版妨害について、日本国憲法第21条の解釈の整合性を含めた貴職の御見解を伺いたい。
(回答3)
教育委員会も含め、行政機関が憲法に定める国民の権利を守ることは当然の責務ですので、出版及び販売の禁止を求めることはできないと認識しております。
 
<質問4>
質問1が事実の場合、質問1のような行政指導は今後継続されるのか、貴職の御見解を伺いたい。
(回答4)
行政指導の実施の有無については、回答1でお答えしたとおりです。
 
鳥取県企画部協働推進室長
鳥取県教育委員会事務局教育総務課長
(電話)企画部協働推進室青少年担当0857-26-7076
 (電話)教育委員会事務局教育総務課0857-26-7506

 
事実確認のため、鳥取県公報を抜粋転載。
 

鳥取県
http://www.pref.tottori.jp/
鳥取県公報
http://www.pref.tottori.jp/soumubu/soumuka/housei/houseitop.htm
平成16年9月14日付鳥取県公報第7620号
http://www.pref.tottori.jp/soumubu/soumuka/housei/7620.PDF

2ページ
鳥取県告示第662号
鳥取県青少年健全育成条例(昭和55年鳥取県条例第34号) 第13条第1項の規定に基づき、同項第1号に該当する青少年に有害な図書類を次のとおり指定したので、同条第2項の規定により告示する。
平成16年9月14日
鳥取県知事片山善博
 
6973 雑誌 アットマークナビステーションVOL. 1 雑誌17430−10 株式会社桃園書房
6974 〃 増刊みこすり半劇場別館VOL. 48 雑誌27838−9/19 株式会社ぶんか社
6975 〃 ヤングマガジンアッパーズVOL. 17 雑誌28101−9/07 株式会社講談社
6976 〃 漫画ゴラクネクスター9月号 雑誌08337−9 日本文芸社
6977 〃 TATTOO BURST 9月号 雑誌15975−9 株式会社コアマガジン
6978 〃 遊ぶケータイチャンピオンVOL. 2 雑誌06464−09 アヴニール

 
もし鳥取県が出版社の出版活動に対する行政指導をしていれば憲法解釈上の疑義を指摘することができますが、鳥取県当局の「回答」は、講談社に対する行政指導はもちろん、一般論としても、出版社に対する出版活動に介入していないと明言しています。
つまり、鳥取県側の主張によれば、鳥取県は書店などに対する販売流通は条例により規制しているが出版するかしないかの判断を強制する行政指導は行っていない、ということになりそうです。
仮に鳥取県企画部協働推進室の「回答」が事実だとすれば、講談社鳥取県企画部協働推進室から行政指導を受けていなかったにもかかわらず、講談社自身の自主的判断として『巨乳ドラゴン』の出版を見送ったことになりそうです。
 
鳥取県に限らず、青少年健全育成条例を持つほとんどすべての都道府県では、個別指定が行われた場合、全国の青少年部局、全国の県警本部、全国の主要青少年保護団体、雑協や出倫協やコンビニ協などの業界団体に、個別指定が行われたとの情報を通知*4しています。指定の通知は、通常、指定の適用を受けた出版社にも通知が届きます。
有害図書」の個別指定の通知を受け取ったコンビニ協会は、傘下のコンビニ会社にその通知を連絡し、その連絡を受けたコンビニ会社はコンビニ店舗に指定があったことを連絡し、あるいは流通を自己規制する場合があります。(戦前の“翼賛会”と同じ構造)
有害図書」の指定と休刊までのおおまかな流れは以下の通りです。
 

諸団体
(宗教団体、警察OB、保守系政治結社、青少年団体等。大半が在京団体)
  ↓(指示命令)
協力者・密告者
  ↓(「有害図書」の指定を求める通報=密告)
条例所管部局(鳥取県の場合は企画部協働推進室)
  ↓(指定案検討・策定)
県知事
  ↓(条例上の権限にもとづく決裁、指定告示)
条例所管部局
  ↓(通知)
コンビニ協会
  ↓(連絡)
コンビニ会社
  ↓(連絡)
コンビニ店舗
  ↓(実施)
有害図書の撤去または陳列移動、青少年への販売停止
  ↓
出版社の売上げに大打撃
  ↓
雑誌休刊
  ↓
読者大迷惑

 
アッパーズ」に対する個別指定が鳥取県だけなのかどうか、念のため、他の県での指定状況を確認してみました。
 

最近の「有害図書」個別指定状況
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20041211#p1

 
鳥取県以外の二府三県の指定状況を調べたところ、過去半年間、「アッパーズ」が青少年健全育成条例の「有害図書」の個別指定を受けていたという事実は発見されませんでした。全都道府県の指定状況を確認してみなければわかりませんが、「アッパーズ」を個別指定した都道府県は鳥取県だけである可能性は高そうです。
仮に、「有害図書」の個別指定が「アッパーズ」のコンビニ流通中止の理由だとすると、鳥取県の個別指定がコンビニ流通中止の決定打になったのかもしれません。
大手コンビニは雑誌流通に大きなシェアを持っているため、大手コンビニが「アッパーズ」の取扱いを全国で中止すれば、講談社の営業売上は大きく低下することになります。(インターネット通販など、独自の販路を確保している一部の出版社を除く)
出版社、特に講談社の大手出版社の雑誌の売上は、コンビニ流通に大きく依存しています。「アッパーズ」の個別指定により「アッパーズ」だけではなく他の雑誌のコンビニ流通にも影響が出れば、営業上大きな損失になります。
営業利益の多くを漫画単行本の売上に依存している出版業界において、漫画単行本の出版中止は出版社にとって大きな営業損失でしょう。しかし、雑誌のコンビニ流通停止を解除できなければさらに大きな損失になります。こうした判断から、講談社は『巨乳ドラゴン』の単行本出版を中止し、「アッパーズ」を休刊させたのかもしれません。
アッパーズ」のコンビニ流通中止の理由の決定打が、鳥取県による『巨乳ドラゴン』の有害図書個別指定であったとすれば、鳥取県とコンビニ業界が「アッパーズ」の休刊を促し、『巨乳ドラゴン』単行本の出版中止を促したとも考えられます。
一番の問題は、鳥取県はもとより、講談社もコンビニ業界も、「アッパーズ」の読者の気持ちを考慮せず、法的に規制が求められいないことまで自己規制しているという点でしょう。
法的措置としての行政指導が出版社に対して行われているならともかく、そうではないのであれば、講談社もコンビニ業界も、読者の利益をもっと考えるべきでしょう。
鳥取県が諸悪の原因ではありますが、悲嘆に暮れる愛読者の気持ちを踏みにじった講談社とコンビニ業界は、お客様である読者の希望を尊重するよう対応を考えなおしていただきたいものです。
 
───────────
関連言及ダイアリー、ウェブログなど。
 

http://d.hatena.ne.jp/boukanrisha/20041202#p3
http://d.hatena.ne.jp/yokumo/20041206
http://d.hatena.ne.jp/syabuichi/20041208#p2
http://d.hatena.ne.jp/screammachine/20041202
http://d.hatena.ne.jp/rainey/20041209
http://d.hatena.ne.jp/takun/20041201#p1
http://d.hatena.ne.jp/yuhuta/20041130#p2
http://d.hatena.ne.jp/tyokuko/20041126
http://www2.u-netsurf.ne.jp/~00-milky/di_0412.htm#12-9

 
関連ログ。
 

■kitanoのアレ
『巨乳ドラゴン』単行本が鳥取県教委の要請で発売中止?
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20041202#p1
鳥取県青少年健全育成条例改悪:出版物流通規制強化へ
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20041112#p1
■北の系
鳥取県青少年健全育成条例
http://zirr.hp.infoseek.co.jp/020147.html

───────────
■追補(2004.12.13)
 

http://f43.aaa.livedoor.jp/~comic/kobore/diary.cgi?Date=2004-12-12#2004121200

上記情報によると、「アッパーズ」休刊は遅くとも2004年5月26日の時点で決定されており、理由は社内の都合によるとの指摘があります。
私が書きたかったことは、『巨乳ドラゴン』出版中止という事実と鳥取県という公権力との関係をどう考えるかという点にあり、それ以上でも以下でもありません。
休刊の時期については、鳥取の件が休刊の動機を増やした可能性はあるとは思いますが、鳥取の件だけが休刊の動機であると受け取れる部分については誤解を与えるためこれを取り消すことにします。

───────────

*1: 高嶺颪「最後通牒(こぼれ話)」2004/12/07「三家本礼『巨乳ドラゴン』の単行本は発売中止ではなく発売延期らしい」http://f43.aaa.livedoor.jp/%7Ecomic/kobore/diary.cgi?Date=2004-12-07#2004120701

*2:企画部協働推進室=健全育成条例の所管部門

*3:個別指定の実質主体となっているのは企画部協働推進室です。教育委員会有害図書の個別指定とは無関係。

*4:北海道の有害情報規制に関する公文書資料 http://kitano.fc2web.com/yuugai/ikuseibukai-kobetu/7docu0001/ 、 北海道青少年保護育成条例第5条第1項第3号に基づく有害図書類の指定(通知) http://kitano.fc2web.com/yuugai/ikuseibukai-kobetu/7docu0001/ko-4.gif 、 北海道青少年保護育成条例第5条第1項第3号に基づく有害図書類の指定 (業界宛通知) http://kitano.fc2web.com/yuugai/ikuseibukai-kobetu/7docu0001/ko-5.gif  北海道は有害図書規制が比較的緩い地域ですが、その北海道ですらこれだけの数が全国の関連団体に通知されているのですから、規制が進んでいる地域では推して知るべしです。