映画「グリーンマイル」と「改正監獄法」成立

 
5月21日夜、フジテレビ系のテレビ局で死刑囚が主人公の「グリーンマイル」が放映されました。
 

■フジテレビ
http://www.fujitv.co.jp/
番組表
http://www.fujitv.co.jp/bangumi/this_week.html

5月21日 21:00
プレミアムステージ
グリーンマイル
「ラストマイル―。それは死刑囚が人生最後に歩む、処刑室までの廊下。
あのステーブン・スピルバーグをして「私はこらえきれずに4回泣いた」と言わしめた愛と奇跡の感動大作「グリーンマイル」。
心を揺さぶる驚きの結末に、溢れる涙を止めることができない―。
●最高の脚本、最高のスタッフ、最高のキャストが贈る至高の感動傑作!!
●2度のアカデミー賞に輝く、誠実で滋味溢れる主演トム・ハンクスの演技が絶品!!」

 
映画の内容はまあ良いとして、なぜいまこの時期に全国ネットのテレビで放映されたのかが気になるところです。
ヒントは、この国会議事録。
質問者は公明党の漆原良夫衆議院議員*1
 

衆議院会議録情報 第156回国会 法務委員会 第13号
平成十五年五月十四日(水曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/156/0004/15605140004013c.html

○山本委員長 これより会議を開きます。
法務行政及び検察行政に関する件、特に行刑運営の実情について調査を進めます。
(略)
○漆原委員
(略)
ヨーロッパでは、被害者や遺族の方々が法廷で独自に求刑をできるという国もあると聞いております。総理のこの点に関する御所見をお伺いしたいと思います。
小泉内閣総理大臣 私、前に「グリーンマイル」という映画を見たことがあるんです。これは、殺された遺族が、犯罪者が死刑になると、死刑の場に遺族が立ち会うんですね。それで、あれ、当時は、もうかなり前の出来事ですけれども、事実に基づいた映画でありますから、全部が事実とは言えませんけれども、歴史上の事実に基づいて小説的手法も重ねた架空の出来事でありますが、事実として、過去の歴史において、遺族が立ち会って、犯人が死刑にされるその場を見るという、今から考えてみれば極めて残酷なことですよね。しかも、電気ショックですから。もう実にすさまじい、苦しむ姿を遺族が見るんですから。
こういうことまで行われていた歴史的事実を考えますと、今、被害者の気持ちが十分判決に生かされていないんじゃないかという被害者の気持ちもわかります。そういう点も含めまして、加害者の権利も大事でありますけれども、被害者の権利というもの、被害者の気持ちをどう裁判に反映するかという点についても、私は、時代が変わりましたけれども、十分反映されるような形にどのように持っていくかという点につきましても、今後検討が必要だと思っております。

 
グリーンマイル」の映画内容や 映画のメッセージや、映画のメッセージを総理が曲解していることについては、とりあえず横においておきます。
死刑見物を認めるかのような国会答弁は、当時傍聴者はみんな「明らかに失言」と評価された答弁で、想定問答を作った法務官僚は「余計なこと言いやがって」と舌打ちしてあわてていたそうです。
なぜ法務官僚があわてたのでしょうか?
その理由は、日本国憲法36条の最高裁の判断に基きます。
 

日本国憲法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

第三十六条  公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。*2

 
公開処刑については、死刑合憲の判決を出した昭和23年3月12日の最高裁判所判決で、死刑の執行方法などが「その時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合」には憲法が禁じる「残虐な刑罰」に該当し憲法36条に違反するとの判断が示され、現行の絞首刑の非公開執行とは異なる「さらし首」などの刑罰は違憲と判断していました。
つまり、最高裁の死刑合憲判断は、非公開を前提に合憲と判断しているとも考えられるのであって、小泉総理の答弁は最高裁が確定した憲法解釈に反した「憲法上に無効」な判断であり、小泉総理は憲法遵守義務違反を侵していると考えられます。
行政府の最高責任者である総理大臣が処刑公開を想定していると考えられる答弁を国会でしたということは、「死刑制度は非公開を前提に合憲性が認められる」との最高裁判断を踏まえると、憲法違反を承知で公開死刑を執行するか、死刑を廃止するかの二者選択を行政府として選択したと行政府の最終責任者が最終的に判断したことになります。
総理の不用意な答弁に法務官僚があわてたのも無理からぬところです。
 
映画「グリーンマイル」をダシに公開処刑を容認した小泉失言については、記事にしないとの決定がどこかの誰かによって決定されたのかどうかはわかりませんが、記者クラブ加盟各社のテレビ局は小泉失言を大きく報じていません。
小泉失言があった後、法務官僚がメディア幹部と会談していたとか、そこで小泉失言に沈黙することが決定されたため小泉失言に関する記事や番組は握りつぶされたのではないか、という噂がありました。
噂が事実かどうかは事実関係については確認がとれませんので私にはわかりません。噂についてあまり細かく書くとと右傾化工作員に「電波だ」と宣伝されるのでこれ以上は書きませんが、そういう「疑惑」があったのは事実ですし、少なくともそういう失言答弁が総理がしていたことは客観的事実です。
 
小泉首相公開処刑容認失言があった国会審議は、「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」(旧監獄法)の内容を左右する国会審議でした。
しかし、小泉総理の失言は世間で注目されず、国会でさほど紛糾することも無く、「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」は、映画が全国放送された直前の2005年5月18日に成立しました。
成立した法律には、刑務所等の施設を参観することが法的に認められることが盛り込まれています。
参観規定については、旧監獄法第5条にも参観規定がありましたが、
 

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M41/M41HO028.html

学術ノ研究其他正当ノ理由アリト認ムル場合ニ限リ法務省令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ許ス

 
となっていました。私も学生だったころゼミで参観したことがありましたが、法学教育だから参観できたのであって、誰でもいつでもどこでもどんな場合でも参観できるというわけではありません。
拘置所の参観については「参観の取扱いについて(通達)」(平成八年三月一日付け法務省矯総第三百三十五号)*3により参観できません。なので、現在は拘置所で行われる死刑執行は参観できないことになっています。
しかし、将来はどうなるかわかりません。死刑の非公開は法の根拠があるわけではなく、政治の決定に依存しています。
だからこそ、行政府の最終最高責任者である小泉総理の発言は重く、問題です。
すべては、法務省によって作られる施行規則によって左右されることになるでしょう。
法務官僚が暴走して憲法36条を空文化する施行規則がつくられるか、それとも国民が世論の力で法務官僚の暴走を止め憲法36条を守らせるかは、法務省に対する国民世論如何にかかっています。
 

刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案(当初案)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16205077.htm
(参観)
第十二条 刑事施設の長は、その刑事施設の参観を申し出る者がある場合において相当と認めるときは、これを許すことができる。

Yahoo! ニュース検索「監獄法」
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受刑者処遇法が成立、模範囚なら外泊・電話も
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050518-00000005-yom-pol

 
国会が混迷し、「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」の国会審議が紛糾していたら、「グリーンマイル」は法案を提出した小泉内閣にとって都合の良い世論を味方につけることになったことでしょう。
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*1:漆原良夫衆議院議員(公明党比例代表北陸信越ブロック390,921票得票率10%/弁護士/年金未納議員) http://urusan.net/

*2:日本国憲法で「絶対に」という言葉がある条文は第36条だけです。死刑合憲論者は憲法31条を引き合いに死刑合憲と判断していますが、31条は「絶対に」と規定する第36条の管理下にあるので残虐な死刑は当然に合憲ではない、というのが私の死刑廃止論憲法理論。法律業界では「木村説」とも呼ばれています。ま、少数学説ではあります。

*3:参議院議員福島瑞穂君提出東京拘置所建替えに関する質問に対する答弁書」参照 http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/syuisyo/157/touh/t157017.htm 

受刑者の人権状況

 
ところで、映画「グリーンマイル」ですけど、あーんな血色のいい死刑囚は、日本にはいないですよね。
刑務所では食事は厳しく管理され、制限されています。
北海道を除き、刑務所には刑務官がいる場所以外の場所には暖房施設が無く、雪が降っていても我慢しなければなりません。衰弱して病気になりやすい環境です。
受刑者が病気の発作でもがき苦しんでいても、医者を呼ばず放置するなんて日本の刑務所ではあたりまえ。「受刑者なんだから苦しむのがあたりまえだろ」という人権感覚の刑務官がどんどん出世してゆきます。
食事は制限され、寒くても我慢を強いられ、医療を受けられず、薬ももらえず、放置され、苦しみもがき、耐えきれずに自殺してしまったという凄惨な事件も、日本の刑務所で発生したこともありました。
みなさんはそういう事件が刑務所で日常的に発生し、刑務所における自殺率が異常なまでに高いという事実をご存知でしょうか。
 

NPO法人 監獄人権センター
http://www.jca.apc.org/cpr/
日本政府、受刑者の人権状況報告書を提出
http://www.jca.apc.org/cpr/nl16/nagai.html

衣食住の生活環境についても、なんの問題もないかのような簡略な報告になっている。しかし、私たちが最近聞いた話だけでも、「寝具がほとんど取り替えられることがなく不快だった」という出獄者がいたし、「カロリー制限のためとはいうけれど食事の量が減っておなかがすいてたまらない」という未決の人からの声もある。「炊場の出身者数人が、キャベツの芯や白菜の芯、魚の骨までカロリー計算に含まれていると言っていました」という情報もあるのだ。
保健衛生・医療の問題については、まず、「詐病」が疑われるために、病状を伝えるのもままならない実態を抜きにしては語れないことだ。さらに外部の病院への移送を希望してもまず認められることはなく、歯科などで自費治療を行う場合も健康保険が使えないこと、医療刑務所のほうが環境・処遇とも劣悪な場合があることなど、問題は多い。
国連最低基準規則が「毎日少なくとも1時間」と求めている運動について明らかに違反する実態がありながら「入浴日以外には最大限の保障がされている」と言いつくろっている。
規律・秩序の項目では、身体検査(「多くの場合、下着を着けさせたまま視認する」と、裸体検診はしていないように書いてある。府中刑務所を出てきたばかりの人にたずねたら「もちろん全裸ですよ。どこのことを言ってるんでしょうかねえ」と不思議がっていた)と昼夜間独居拘禁(協調性のない受刑者が他の受刑者から危害を受けるのを防止するためなどと述べている)の2項目が記されているだけで、皮手錠まで使った懲罰の実態、軍隊式行進などに見られる過剰な規律の強制等は不問にされている。

カウンターレポート(国際人権(自由権)規約委員会第4回日本政府報告書審査に対するNGOレポート)
http://www.jca.apc.org/cpr/1999/counter.html

(3)冷暖房の欠如と防寒のため十分でない衣類・寝具
刑事施設の房に日本の最も北に位置している北海道の地域を除いて暖房設備が稼働していない。すでに高層建築となっている名古屋拘置所の場合、設備は整っていながら、何年も使用されていない。暖房設備のない、もしくは、あっても使われてない施設で冬季の寒さをしのげるだけの充分な衣類、寝具が貸与されていない。拘置所では湯たんぽや使い捨てカイロが使えるが有料である。多くの被拘禁者が寒さからの手足のあかぎれやしもやけ、神経痛等に悩まされている。とりわけ、暖かい地方から来た外国人被拘禁者の健康に対して、重大な障害をもたらしている。先に触れた法務総合研究所の「釈放前受刑者の意識調査」でも、「刑務所で生活して、つらい、苦しいと感じたこと」のうち10.2%が「寒さ暑さ」と答えている。暖房の欠如によって、身体に障害が生じているような実状は規約7条に違反する。
(4)不十分な医療
 適切な医療が提供されないため、健康を害したり、命を失うものまで報告されている。1996年7月25日に島根県浜田拘置支所の保護房において受刑者が熱射病のために死亡した。ひどい暑さの中で、密室の保護房に拘禁されていたためと考えられている。 診断を希望してもまず詐病が疑われるために病状が進行してからの対応になることが多い。法務総合研究所の「釈放前受刑者の意識調査」でも、「刑務所で生活して、つらい、苦しいと感じたこと」の中でも「投薬してもらえない」という回答が5.5%出ている。旭川刑務所のある出所者は93年2月ころ、刑務所内で結核性のせきついカリエスにかかり、腰や胸の痛みを訴えたが、刑務作業をさぼるための詐病だとして黙殺された結果、93年8月には、意識障害に陥り、後遺症が残り、常に介護が必要な状態になっている。

■日本弁護士連合会
刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案
2005-05-18
会長声明(「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」成立にあたって)
http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/sytyou/kaityou/00/2005_07.html

本日,明治41年(1908年)制定の監獄法が約100年ぶりに改正され,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が成立した。
当連合会は,創立以来,監獄法の改正と代用監獄の廃止を訴え続けてきたが,今ようやくにして,監獄から名称を変更した刑事施設と受刑者の処遇が改革されることになった。切り離された未決拘禁者等の処遇と代用監獄問題に関する立法については,これから当連合会と法務省警察庁三者により,協議されることになる。
成立した今回の法律は,受刑者の人間性を尊重し,その改善更生及び円滑な社会復帰を促すことを求めた行刑改革会議の提言を生かし,当連合会が抜本的修正を求めた旧刑事施設法案を改めたものである。具体的には,受刑者に対する矯正処遇として,作業のほか,改善指導及び教科指導を明確に位置づけ,規律を緩和するとともに外部交通を拡大し,刑事施設視察委員会を創設するなど画期的内容を含んでいる。当連合会は,今後も,この法律の施行のための政省令等の制定等の具体化に向けてさらなる努力を続け,法改正後の運用状況にも十分注視していく所存である。
ただ,今回の改正にあたっては,作業賞与金の賃金化や医療の厚生労働省への移管などの抜本的改革はもとより,1日1時間の運動や単独室原則の法定化,不服審査のための独立機関の法制化などが見送られ,抽象的な権利制限条項や期間制限のない隔離収容と保護室収容の存在,非人間的内容の懲罰の存続,弁護士との外部交通の不徹底など,当連合会が改善を求めた諸点が残された。しかし,国会の修正により5年以内の見直し条項が盛り込まれたので,その機会にこれらの諸点の実現を目ざしていきたい。
当連合会は,引き続き未決拘禁者等の処遇の改善と代用監獄の廃止に向けて取り組んでいくものである。

 
関連ログ。
 

刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案衆議院成立
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050513

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