住基ネット差止め訴訟:金沢地裁判決「改正住基法は憲法13条に違反する」

 
住基ネット憲法13条に違反する」との判断を下した金沢地裁判決は、論理的で合理的な判決を出したと思います。
プライバシー権」の認定、「自己情報コントロール権」の認定という憲法判断を出しただけではなく、“名寄せ”に使われ得る住基コードの危険性、住基カードの危険性、住基ネットの費用対効果において収支が“大幅赤字”であって投資のための投資にすぎない事実を認定した点も、大きな意義を持つと思います。
しかし残念ながら、名古屋地裁判決に見るように、「論理的で合理的な判決を出す」ことが司法全体の意思になっていないあたりに、日本の司法の問題があるのではないかと思われます。
住基ネットの運用については、そのシステムを求める市町村内だけの運用にとどめるべきでしょう。
 

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金沢地裁における「住基ネット差し止め訴訟」の判決 金沢地裁2005.5.30 S020flash
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第4 争点に対する当裁判所の判断
1 プライバシーの権利は憲法13条によって保障されているか。住基ネットの運用が開始されたことにより、原告らのプライバシーの権利が侵害されたか。あるいはその危険性があるか。(争点(1))
(略)
プライバシーの権利は、憲法の基本原理の一つである「個人の尊重」を実現する上での要となる権利のひとつであって、単に、不法行為法上の被侵害利益であるに止まらず、いわゆる人格権の一内容として、憲法13条によって保障されていると解すべきである。
(略)
このような社会状況に鑑みれば、私生活の平穏や個人の人格的自律を守るためには、もはや、プライバシーの権利を、私事の公開や私生活への侵入を拒絶する権利と捉えるだけでは充分ではなく、自己に関する情報の他者への開示の可否及び利用、提供の可否を自分で決める権利、すなわち自己情報をコントロール権利を認める必要があり、プライバシーの権利には、この自己情報コントロール権が重要な一内容として含まれると解するべきである。
(略)
(2)
(略)
住民は、市町村長に対して上記届出をしたときに、市町村長や都道府県知事によって上記の通知がなされることや被告地自センターによって上記提供がなされることを承諾していたものではないし、上記の通知や提供がなされる際に、個別に同意を求められるものでもないから、上記システムは、本人確認情報が自己情報コントロール権の対象になるのであれば、住民が有している本人確認情報に対するコントロール権を侵害するものであるということができる。
(3)
すべての個人情報がプライバシーにかかる情報として法的保護の対象になるとは解されない。そして、上記4情報は、一般的には個人識別情報であって、その秘匿の必要性が高いものではないということはできる。しかし、このような個人識別情報であっても、これを他者にみだりに開示されないことへの期待は保護されるべきものである上、秘匿の必要性は、個々人によって様々である。すなわち、ストーカー被害に遭っている人にとっては住所について秘匿されるべき必要性は高いし、性同一性障害によって生物学的な性と異なる性で社会生活を送っている人にとっては性別について秘匿されるべき必要性は高いといわなければならない。通名で社会生活を送っている人のうちには、それが戸籍上の氏名ではないことを知られたくない人がいるであろうし、生年月日をむやみに人に知られたくないと思う人は少なくあるまい。また、住民票コードは、それ自体は数次の羅列に過ぎないが、住民票コードが記録されたデータベースが作られた場合には、検索、名寄せのマスターキーになるものであるから、これを秘匿する必要性は高度である。(住基法30条の43によって、民間において、住民票コードの告知を求めることや、他に提供されることが予定されているデータベースを構成することが禁止されているが、本人が自主的に住民票コードを開示し、これをもとに特定の企業内部で利用するためにデータベースを構成することは禁止されていないから、民間においても、住民票コードの利用が広まっていく蓋然性は高い。)。更に、上記変更情報は、婚姻、離婚、養子縁組、離縁、氏名の変更、戸籍訂正等の身分上の重要な変動があったことを推知させるものであるから、これらを秘匿する必要性も軽視できない。そうすると、本人確認情報は、いずれもプライバシーにかかる情報として、法的保護の対象となるというべきであり(早稲田大学事件最高裁判決参照)、自己情報コントロール権の対象となるというべきである。
(4)
(略)
(5) そうすると、住基ネットは、住民らの本人確認情報に対する自己情報コントロール権を侵害しているというべきところ、自己情報コントロール権も無制限に保護されるわけではなく、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることはやむを得ない。
そこで、行政上の目的を実現するために、立法によって、自己情報コントロール権の対象となる本人確認情報を本人の承諾なく通知、保存、提供するシステムを運用することがいかなる場合に許されるかを検討する必要があるが、そのためには、①本人確認情報の秘匿を要する程度(社会通念上、誰もが、自ら開示する以外には強く秘匿を望む情報か、できれば秘匿したいという程度の情報か)、②システムのセキュリティ(通知、保存、提供することによって第三者が本人確認情報に不正にアクセスしたり、情報が漏洩する危険がどの程度あるか)、③通知、保存、提供の態様が個人の人格的自律を脅かす危険の有無、程度を検討する必要がある。そこで、以下(6)ないし(8)において、上記①ないし③について検討する。
(6)本人確認情報の秘匿の要する程度について
前記のとおり、本人確認情報のうち、4情報は、個人によって異なるものの、社会通念上、一般的には秘匿を要する程度が高いということはできない。しかし、住民票コード及び変更情報は、その程度は相当高いというべきである。
(7)システムのセキュリティについて
(略)
(8)
(略)
提供される事務は、住基ネットの一次稼働が始まった平成8月5日時点では93事務であったが、同年12月6日に成立した行政手続きオンライン化3法によって、264事務に拡大された。提供を受ける事務は、法律及び条例の制定、改正によって、今後も更に拡大される事が予想される。提供される本人確認情報には、住民票コードが含まれている。すなわち、被告地自センターから本人確認情報の提供を受ける行政事務に関するデータベースには、個人の情報に住民票コードが付されることになるから、これによって、そのデータベース内における検索が極めて容易になる。しかし、それだけに止まらず、これによって、行政機関が持っている膨大な個人情報かデータマッチングされ、住民票コードをいわばマスターキーのように使って名寄せされる危険性が飛躍的に高まったというべきである。
なお、行政機関では、従前から住民に対して、年金番号、運転免許証番号、健康保険証番号等、様々な番号を付番してきた。しかし、これらの限定された範囲内で使用される番号と異なり、住民票コードは、あらゆる行政事務に利用されうるものであるから、従前の番号とは質的に異なるといわなければならない。
また、住民は、住民票コードの記載の変更を請求できる(第2の2の(3)のイ)が、変更してみても、本人確認情報に変更情報が含まれるから、住民票コードのマスターキーの役割に影響を与えない。
イ なるほど、住基法では、本人確認情報の受領者には、当該本人確認情報の提供を求めることができる事務の処理以外の目的のために受領した本人の確認情報の利用又は提供をしてはならない旨が定められている(第2の2の(6)のイの(イ))。しかし、これがデータマッチングや名寄せを禁ずるものであるか否かは文言上判然としない上、仮にそうだとしても、その違反行為にたいする罰則は定められていないし、第三者機関の監視システムもないから、その実行性は疑わしい。また、行政機関における個人情報の取扱いについては、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」が平成17年4月1日に施行されているが、これによれば、行政機関は、特定された利用目的の達成のために必要な範囲を超えて個人情報を保有してはならない(同法3条2項)が、その利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲内では利用目的を変更することができる(同法3条3項)し、又は提供してはならない(同法8条1項)が、行政機関が法令の定める所掌事務の遂行に必要な限度で保有情報を内部で利用する場合であって、当該保有個人情報を利用するについて相当の理由があるとき、あるいは、他の行政機関等に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務を利用することについて相当な理由があるときには、当該本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認める場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、または提供することが許容されている(同法8条2項2号、3号)から、同法も、上記データマッチングや名寄せを防止できるとする根拠にはなり得ない。
ウ また、住民が住基ネッとの便益を享受するために必要な住基カードは、
(略)
住民が住基カードを使って各種サービスを受ければ、その記載が行政機関のコンピューターに残るのであって、これに住民票コードが付されている以上、これも名寄せさせる危険がある。
(略)
エ 行政機関は、住民個々人について膨大な情報を持っているところ、これらは、住民個々人が、行政機関に届出、申請等をするに当って、自ら開示した情報である。住民個々人は、その手続きに必要な限度で使用されるとの認識のもとにこれらの情報を開示したのである。ところが、これらの情報に住民票コードが付され、データマッチングがなされ、住民票コードをマスターキーとして名寄せがなされると、住民個々人の多面的な情報が瞬時に集められ、比喩的に言えば、住民個々人が行政機関の前で丸裸にされるが如き状態になる。これを国民総背番号制と呼ぶかどうかはともかくとして、そのような事態が生ずれば、あるいは、生じなくとも、住民においてそのような事態が生ずる具体的危険があると認識すれば、住民一人一人に萎縮効果が働き、個人の人格的自律が脅かされる結果となることは容易に推測できる。そして、原告らが上記事態が生ずると具体的危険があると認識していることについては相当の根拠があるというべきである。
(略)
(10)住基ネットの目的の正当性について
(略)
行政側としても、事務効率の向上や事務の正確性の向上が実現していることは容易に推測できる。もっとも、住民一人一人の立場から見た場合、これらの負担解消の程度がささやかであることは否定できない。
(略)
住民一人一人の立場から見た場合、住所地市町村以外の市町村で住民票の交付を受けることができるというメリットを享受する機会がどの程度あるか疑問である。
(略)
住民が転居する場合には、国民健康保険介護保険等の様々な手続きのために転出地の市町村役場に出向く必要がある場合が多いこと等に鑑みると、そのメリットはさしたるものではない。
(略)
オンライン申請、届出のために、公的個人認証サービスが必要不可欠であるとも言い難い。
(略)
なるほど、利用の方法によっては様々な用途に使え、住民にとっても便利であるが、必要であれば、各自治体でカードを作ればよいのであって、全国共通企画のICカードでなければならない理由は判然としない。
イ 以上を総合すると、住基ネットの目的については、様々な疑問もないではないが、一応の理由はあり、正当なものは評価できないではない。
しかしながら、その目的は、詰まるところ「住民の便益」(アの(ア)ないし(エ))と「行政事務の効率化」(アの(ア)ないし(ウ))であるところ、「住民の便益」とプライバシーの権利は、いずれも個人的利益であり、そのどちらの利益を優先させて選択するかは、各個人が自らの意思で決定するべきものであり、行政において、プライバシーの権利よりも便益の方が価値が高いとして、これを住民に押しつけることはできないというべきである。
すなわち、便益は、これを享受することを拒否し、これよりもプライバシーの権利を優先させ、住基ネットからの離脱を求めている原告らとの関係では、正当な行政目的たり得ないといわざるを得ない。
(略)
(11)住基ネットの必要性について
ア そこで、正当な行政目的であると認められる「行政事務の効率化」に監視、その必要性について検討するに、行政事務の効率化とは、突き詰めれば経費削減であるということができるが、証拠及び弁論の全趣旨(各項末尾に記載)によれば、住基ネットの運用についての経費削減効果に関して、次の事実が認められる。
(略)
平成11年度から平成15年度に必要とされる経費の累計額は、総額390億9300万円
(略)
であり、その後の住基ネットの運用経費は、年間総額が190億3600万円
(略)
(イ) 被告国は、平成10年3月時点において、住基ネット導入により、一年間に住民が受ける利益、同じく行政側が受ける利益ついて次のような試算をした。
(略)
a 行政側 
住基カード所持者の転入手続き 約18.7億円
市町村連絡省力化 約31億円
住民票写し業務簡素化 地方60億円 国30億円
個人認証カードリース料削減 25.1億円
開発更新経費削減 67.9億円
b 住民側
転入手続き等交通費など節約 136.7億円
(ウ)長野県は、平成16年2月、同時点における住基ネットの運用状況をふまえ、平成15年から同29年までの間における住基ネットの導入により行政側及び住民側が受ける費用対効果を(略)試算した。これによると、平成11年度から要した初期投資を加えると、平成29年度末においても、なお累計はマイナスであるとの結果になった。(甲共24の2)
イ アの(イ)に記載した被告国の試算は、住民の半数が住基カードを所持することを前提としたもので、住基カードの現実の普及率(第2の2の(7))に鑑みると、参考に値しない。
(略)
ウ 以上を総合すると、住基ネットは、長期的に見て、住基カードが幅広く普及し、提供事務が大幅に拡大すれば経費節減効果が期待できないとまではいえないが、その効果の程度は未知数といわざるを得ない。経費節減のためには、適切な人員配置、必要性の乏しい公共事業の縮小、その他行政全般にわたって様々な改革の努力が必要であり、住基ネットにその効果があるとしても、それはその一翼を担うものにすぎないし、住基ネットがなければ達成できないものとも考えがたい。また、電子政府、電子自治体の実現は、短期的な経費節減効果の有無を超えた価値を持つというべきであるが、そのために住基ネットが必要不可欠とまではい言えないことは前記のとおりである。
そうすると、「行政事務の効率化」事態は正当な行政目的であるが、住基ネットが住民のプライバシーの権利を犠牲にしてまで達成すべき高度の必要性があることについては、ただちにはこれを肯認できない。
(略)
(12) 以上の検討の結果によれば、住基ネットは住民に相当深刻なプライバシーの権利の侵害をもたらすものであり、他方、住民基本台帳に記録されている者全員を強制的に参加させる住基ネットを運用することについて原告らのプライバシーの権利を犠牲にしてもなお達成すべき高度の必要性があると認めることはできないから、自己のプライバシーの権利を放棄せず、住基ネットからの離脱を求めている原告らに対し適用する限りにおいて、改正法の住基ネットに関する各条文は憲法13条に違反すると結論づけるのが相当である。
(略)
4 結論 
以上によれば、原告らの被告県に対する、住基法第30条の7第3項別表第一の上覧に記載する国の機関等に対する原告らの本人確認情報提供の差止めの請求、被告地自センターに対する原告らの本人確認情報処理事務の委任の差止めの請求、被告地自センターに対する原告らの本人確認情報について住基ネットの磁気ディスクからの削除の請求、並びに原告らの被告地自センターに対する、原告らの本人確認情報事務差止めの請求及び原告らの本人確認情報についての住基ネットの磁気ディスクからの削除の請求は、いずれも理由があるから認容し、原告らが被告県及び国に対して求めた国家賠償請求及び国地自センターに対して求めた不法行為に基く損害賠償請求は、いずれも理由が無いから棄却し、訴訟費用について民訴法61条、64条、65条1項を適用して主文のとおり判決する。
 
金沢地方裁判所第二部
裁判長裁判官 井戸謙一
裁判官 村山智英

名古屋地裁における「住基ネット差し止め訴訟」の判決 名古屋地裁2005.5.31 S021
http://www.jca.apc.org/e-GovSec/S-doc/S021.pdf

 
関連法令。
 

日本国憲法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

住民基本台帳法(昭和四十二年七月二十五日法律第八十一号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S42/S42HO081.html

 
関連リンク。
 

住基ネット差し止め訴訟を支援する会
http://www005.upp.so-net.ne.jp/jukisosho/index.htm
住基ネット差し止め訴訟を進める会・石川
http://www005.upp.so-net.ne.jp/jukisosho/kakuchi/kakuti.htm#isikawa
住基ネット差し止め訴訟を進める会・東海
http://www005.upp.so-net.ne.jp/jukisosho/kakuchi/kakuti.htm#toukai

はてなグループ Openlaw
http://openlaw.g.hatena.ne.jp/s-yamane/
Openlawアンテナ
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■反住基ネット連絡会
http://www1.jca.apc.org/juki85/index.html
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ディストピア!JAPAN 住基ネットがまねく監視社会
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小泉純一郎(ニセ)が逮捕される瞬間!
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