総務省ユビキタスネット社会憲章:有害コンテンツの規制を検討

 
総務省は、携帯電話や携帯端末の普及への対応として、生活のあらゆる場所・機会でネットワークとの接続を前提にした通信原則「ユビキタスネット社会憲章」を策定し、2005年1月18日-2月16日まで国民から意見を募集していましたが、2005年5月16日に意見募集結果を踏まえた「ユビキタスネット社会憲章」を公表しました。
公表された「意見に対する総務省の考え」によると、「コンテンツ*1の制作者は、ネットワークを流通するコンテンツが未成人のみならず成人も含む精神的・肉体的な面に対して多大な影響を与えることを認識し、良心に従って差別・詐欺・恐喝・暴力・犯罪・虐待・いじめなどを誘発することのないコンテンツ制作を行い、利用者の年齢に応じた利用制限を予め組み込むなど、コンテンツ利用者の精神的・肉体的な安全性と信頼性を確保しなければならない。」と有害情報統制を求めた意見に対し、総務省「具体的な対応策等はコンテンツ分野における個別施策として検討する」と回答し、携帯電話などの通信情報の規制を個別に検討していくことを明言しました。
さらに総務省は、「有害コンテンツ等の回避として「青少年の健全な育成を妨げるコンテンツの不適正利用をしてはならない」という主旨の条文を追加せよ」との意見に対し、「ご指摘を踏まえ「青少年の健全育成の阻害」に(追記)修正する」と回答し、「青少年の健全育成の阻害」する通信を既成する方針を決定しました。
以下、「ユビキタスネット社会憲章(案)」に対する意見募集の結果より抜粋転載します。
 

総務省
○「ユビキタスネット社会憲章(案)」に対する意見募集の結果
別紙 「ユビキタスネット社会憲章(案)」に対する意見募集の結果
別紙 ユビキタスネット社会憲章
http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/050516_4.html

【第一条について】
提出された意見
迷惑情報・有害情報の発信者は表現の自由という名の下に発信しているが、受信者側からすると、「知りたくない権利」や「未成人には知らせたくない権利」も保証されなければならないのではないか。
総務省の考え方
迷惑情報・有害情報等への対応については、第二章で記述しているところ。
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【第五条について】
提出された意見
「発言されることを回避し」うるようにすることは憲法の禁じる事前検閲を意図するものではないかと懸念する。公人を表現の対象とする場合は通信の秘密や表現の自由の方が肖像権やプライバシー権よりも重視されるべきであり、「調和を図りつつ」との記述よりも強い表現を用いるべきである。
総務省の考え方
「通信の秘密や表現の自由との調和を図りつつ」の表現により、プロバイダ責任制限法等の先行事例も踏まえつつ、記述しているもの。なお、公人・私人の別等の具体的な内容については、個々の事案に応じて、関連する権利等の調和の是非が判断されるものと考えられる。
提出された意見
個人の撮影と監視カメラ等による大組織によるプライバシー侵害とでは、その形態が異なり、また監視は撮影以外の方法も考えられる。人を監視する機器については、別の項を立て、監視の事実の告知・表示の他、監視の目的や収集される情報の扱いについての告知・表示などが適切に行われる必要があることについても言及するべきだと考える。
総務省の考え方
ご指摘を踏まえ、第四項を、「(適正な機器利用等の確保) 撮影や録音等、個人情報の収集を行う機器の設置及び利用に関し、その有用性に配慮しつつ、機器の存在の告知・表示等適正かつ慎重な運用に努めるべきである。」に修正する。
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【第六条について】
提出された意見
実名性ネットワークの実現こそ最大の課題であり、憲章と呼ぶものに盛り込むべきと考える。
現在のインターネットは匿名性が許されているため、犯罪まがいのことや誹謗中傷・有害・迷惑情報などが横行していると考える。次世代のネットワークとしては実名性を基本とするように変えないと、どんなに技術的な対策を講じても、安全・安心は確保されないのではないか。
総務省の考え方
違法・有害情報等への対応については、第八条に記述しているところ。なお、匿名性の是非については、セキュリティと利便性のバランスの中で判断されるべき課題であると考えられる。
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【第八条について】
提出された意見
第二項を「違法コンテンツの発信や、利用者の同意を得ない広告、宣伝又は勧誘等を目的とした電子メールの大量送信等のネットワークの不適正利用についてはこれを慎むとともに、第三者の発信した違法コンテンツの意図的な媒介やネットワークの不適正利用の意図的な助長については、これを避けるよう努めなければならない。」に修正 「有害コンテンツ」について、有害性の根拠が曖昧なところから、「慎むこと」を要求することは表現の自由への介入である。「誹謗中傷」と限定しても、健全な批判的言論と紙一重のように区別が難しい。「慎むべきである」とするのは表現の自由に対する抑圧と解釈されてしまうのではないか。「媒介」「助長」の回避義務については、通信の秘密への介入や、中立的行為への責任追及となりうるものであり、不適切である。「迷惑メール」については、日常的な文章の中では問題は無いが、憲章という文書の性質を考えた場合は曖昧で広汎すぎる。
総務省の考え方
ご指摘を踏まえ、「迷惑メール」を「受信者の同意を得ずに送信される広告・宣伝目的の電子メール」に修正する。なお、「有害コンテンツ」や「媒介」、「助長」に関するご指摘については、プロバイダ責任制限法等の先行事例も踏まえ、自律的な取組を期待するものである。
 
提出された意見
第二項を「誹謗中傷等を伴う違法・有害コンテンツの発信や、迷惑メール等ネットワークの不適正利用をしてはならない。また、第三者の発信した違法・有害コンテンツの媒介やネットワークの不適正利用をしてはならない。」に修正 努力ではなく、明確な禁止を目標としたい
総務省の考え方
利用者が意図せずにネットワークの不適正利用という結果に至ること等も想定されることから、自律的な取組を期待するものである。
 
提出された意見
公序良俗に反するコンテンツ制作の禁止」に関する記述を含めていただきたい。
総務省の考え方
通信の秘密や表現の自由との調和を踏まえ、自律的な取組を期待するものである。
 
提出された意見
「コンテンツの制作者は、ネットワークを流通するコンテンツが未成人のみならず成人も含む精神的・肉体的な面に対して多大な影響を与えることを認識し、良心に従って差別・詐欺・恐喝・暴力・犯罪・虐待・いじめなどを誘発することのないコンテンツ制作を行い、利用者の年齢に応じた利用制限を予め組み込むなど、コンテンツ利用者の精神的・肉体的な安全性と信頼性を確保しなければならない。」
テレビ・ビデオ・ゲームなどのコンテンツで未成人向けのものについては、暴力、殺人、犯罪、虐待、いじめなどの表現は制限されるべきだと考える。また、成人向けでも長時間の利用には悪影響があるので、時間制限などを付ける必要もあろうかと思われる。そういう意味から、左のような文章に書き換えることを提案する。
総務省の考え方
憲章における記述は、一般的かつ包括的な内容にとどめ、具体的な対応策等はコンテンツ分野における個別施策として検討してまいりたい。

 
提出された意見
第八条 第二項と同様に有害コンテンツ等の回避として「青少年の健全な育成を妨げるコンテンツの不適正利用をしてはならない」という主旨の条文を追加していただきたい。
総務省の考え方
ご指摘を踏まえ、「差別、犯罪、暴力、児童虐待」を「差別、犯罪、暴力、児童虐待青少年の健全育成の阻害」に修正する。

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【第九条について】
提出された意見
現実社会、サイバー社会それぞれの長所短所を把握した上で、政策を策定し、特にサイバー社会におけるものに関しては、国民に広く周知する必要がある。「光」の部分、「影」の部分を知ることによって、サイバー社会に参加する機運が国民に生まれてくるものと思われる。
総務省の考え方
ご指摘を踏まえ、ユビキタスネット社会の実現に向けた課題等について、本憲章を活用しつつ、普及啓発に取り組んでまいりたい。
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【その他(全体、いくつかの条文にまたがる意見について)】
提出された意見
子どもが無防備のまま、インターネットに近づいたために、危機状況に陥っている。このような事態を、第一条第四項、第四条第一項、第二項、第九条、第十条第三項で解決することができるのか。
総務省の考え方
ご指摘の通り、青少年の健全な育成は重要な課題であり、この課題を解決するためには、本憲章も踏まえつつ、様々な実効性のある具体的施策が講じられるべきであると考えられる。
 
提出された意見
「情報の信頼性を確保するための措置を行う」旨の記述を前文あるいは条文に含めていただきたい。例えば、「情報のトレーサビリティ」などを用いた、出自の保証など。
総務省の考え方
情報の発信については、表現の自由等も踏まえ、第一条第三項における記述となっているところ。情報の信頼性確保が必須となる事案については、具体的施策として対応してまいりたい。

 
作家、漫画家、評論家、画家、演出家、アニメーター、ゲームクリエイターなどに対しコンテンツの健全化の努力義務を課した「コンテンツ健全化法」は、平成16年6月4日に施行されています。
  

「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」
(平成十六年六月四日法律第八十一号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16HO081.html

第六条第二項 コンテンツ制作等を行う者は、そのコンテンツ制作等に当たっては、コンテンツが青少年等に及ぼす影響について十分配慮するよう努めるものとする。


関連ログ。
 

経団連もゲームコンテンツ規制に援護射撃
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050426
韓国情報通信倫理委:青少年健全育成のためウェブサイトを閉鎖
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050323
コンテンツ健全化&私的コピー禁止:知的財産推進計画2004パブコメ募集
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050205#p1
続・コンテンツ「健全化」法
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20040618
2004-05-15 コンテンツ「健全化」法案衆議院通過
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20040515

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ユビキタスネット社会憲章(案)」に対する意見募集に対する総務省の見解を見ると、「表現の自由を制限しろ」と言っているに等しい意見を総務省に送っているおかしな国民が複数いるようです。
kitanoのアレでは何度も指摘していることですが、表現の自由を制限すれば、健全で安全な情報かどうかを検証するための情報も規制され、結果的に健全で安全な情報かどうかを不可逆的に検証できなくなり、規制される以前よりも健全性や安全性は不確実になります。
総務省日本国憲法99条などの最高法規規定*2により言論表現の自由を擁護する擁護義務がありますので、係る言論統制につながりかねない意見を否定・拒否することは当然の義務だろうと思います。
情報倫理は、自分自身にとって必要な内的倫理として選択され決定されるからこそ倫理として意味があります。
もし、総務省が決定したものを総務省の行政指導や立法によって決定されることになるとすれば、総務省や警察が命令しない限りルールは守らなくても良いのだと考えが一般的になっていくことから、むしろ倫理は後退してゆきます。
またユビキタス社会において流通する情報の「有害性」を決定する価値基準は、宗教倫理や人生観など個人の宗教的価値観に依存することから、「有害」の定義が個人間で相違が生じることは避けられず、結果的に憲章を守る人と守らない人が出現せざるを得ません。その結果、規範があっても現実には守られないのだという規制事実が人々の倫理を形成していきますので、「有害性」についての倫理は際限なく後退してゆきます。
したがって、憲法解釈上も統治実態としても、総務省が決定した「ユビキタスネット社会憲章」第八条は違憲無効であり、且つ国民の倫理を向上することにつながらないので、憲章の適用を放棄し、国民がそれを遵守しないという事実によって第8条を無効化していくことが求められると思われます。
 
尚、「ユビキタスネット社会憲章」により言論表現の自由の破棄を求める意見は、提出された複数の意見の文面が同一であることから、同一組織による組織的活動による意見提出であると思われます。
どこの宗教団体・政治団体か意見を送ったのかは現時点では不明です。(ご存知の方はご連絡下さい)
いずれにせよ、民主主義破壊活動となる組織活動に国民は参加するべきではないと考えます。*3
 

ユビキタスネット社会憲章
ICT*4を「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」安心・安全に利用して快適に暮らせる社会を目指して
http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/050516_4.html

第二章 安心で安全な情報流通
第八条 情報倫理
(情報倫理の確立)
1. すべての人は、差別、犯罪、暴力、児童虐待、青少年の健全育成の阻害等につながるICTの濫用に対し適切かつ予防的な措置を講じ、公共の福祉の増進及び適正な社会規範の確保に資するための情報倫理の確立に努めなくてはならない。(違法・有害コンテンツ等の回避)
2. 誹謗中傷等を伴う違法・有害コンテンツの発信や、受信者の同意を得ずに送信される広告・宣伝目的の電子メール等ネットワークの不適正利用についてはこれを慎むとともに、第三者の発信した違法・有害コンテンツの媒介やネットワークの不適正利用の助長については、これを避けるよう努めなければならない。
(コンテンツ制作者の倫理)
3. コンテンツの制作者は、ネットワークを流通するコンテンツが社会に対して多大な影響を与えることを認識し、良心に従って制作を行い、コンテンツの安全性と信頼性を確保すべきである。
(科学技術倫理)
4. ICT分野の技術者等は、取り扱う技術が人や社会の安全性に大きな影響を与える可能性があることを認識し、良心に従って研究開発を行い、技術の安全性と信頼性を確保すべきである。

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*1:絵画、映画、文学、ソフトウェア、舞台、音楽、演説、写真、漫画、アニメーション、CG、ゲーム、同人誌など、メディアによって伝えられる“情報の内容”のことを「コンテンツ」と言います。対して「コンテンツ」を流通させる媒体のことを「メディア」と言います。日本国憲法21条は「コンテンツ」の絶対不可侵を規定しているため、「メディア」に対する規制が繰り返されてきた経緯があります。http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

*2:日本国憲法「第十章 最高法規 第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。 第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 ○2  日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。 第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

*3:制度で規制しろという意味ではありません。民主主義体制を破壊する組織活動に参加する政治活動の自由は国民にはありますが、そうした活動への不参加は国民の内発的動機によってなされるべきであるという立場です。ちなみにドイツ国では「戦闘的民主主義」といって民主主義体制に反する反憲法的言論を制度によって積極的に規制していく体制になっており、反憲法的思想を持つ公務員の公職追放が実施されたり、学生の思想調査が実施されたこともありました。

*4:ICT=「情報通信技術」のこと。