ドイツの有害メデイア規制


 
このところ「海外では有害規制はあたりまえだ」的な主張を散見しますので、本当にそうなのかを検証する意味で、ドイツの有害メデイア規制について書いておきます。
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ドイツ国は、連邦政府とレント政府(州政府)のふたつの公権力がそれぞれ有害情報規制を分担しています。
連邦政府パッケージメディア(書籍、ビデオ、映画、ゲームソフトなど)、レント政府はインターネットなどのオンラインメディアの規制を担当しています。
連邦政府とレント政府の両者とも、日本で言うところの「個別指定制度」と「包括指定制度」を併用しています。
判断基準は大別して二つ。
ひとつは「有害なメディア」。
青少年の育成にとって有害とされる情報で、日本の「わいせつ物」「有害図書類」がこれにあたります。ソフトポルノなどはこの分類で、成人向け表現として流通が部分的に規制されます。
もうひとつは「極めて有害なメディア」。
「極めて有害なメディア」は子どもだけでなく成人への頒布も処罰される禁制品です。民族憎悪表現、暴力を伴うハードポルノ、虐待と判断される子どもポルノはこの分類です。
ドイツ刑法と日本の有害図書類規制制度の大きな違いのひとつは、ドイツの「極めて有害なメディア」(わいせつ)は、民族憎悪表現と暴力肯定表現に主眼がある点でしょう。
子ども虐待ポルノは「極めて有害なメディア」とされ禁制品扱いですが、虐待を伴わない、お花を持って裸でルンルンしているだけの写真はソフトポルノ扱い、流通されています。とはいえ、入手が困難であるのは事実です。
ドイツでは、性器描写よりも暴力を肯定しているか否かが有害性の判断の決め手になります。この辺りの理解のないまま「ドイツなど他の国でも性表現は厳しく規制されている」と規制強化を主張することは、規制の実態からかけ離れた言説となる場合もあります。
 
以下、有害メディアを指定しているBPjMの情報。
 

■ドイツ連邦青少年有害メディア審査会(BPjM)
Bundesprufstelle fur jugendgefahrdende Medien *1
http://www.bundespruefstelle.de/
About the BPjM (Federal Department for Media Harmful to Young Persons)
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/General.htm
ドイツ連邦青少年有害メディア審査会の所在地
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m1_A_txt.htm
審査員と陪席審査員
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m1_Ca_txt.htm
審査を決定する委員会
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m1_Cb_txt.htm
連邦青少年有害メディア審査会の沿革
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m1_D_txt.htm
2004年のBPjM統計 指定窓口と処理件数
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m1_Ea_txt.htm
有害指定リストの統計
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m1_Eb_txt.htm

2005年3月31日現在
リストAおよびB(パッケージメディア)
映画(ビデオ、DVD、レーザーディスク) 2894件
ゲーム(パソコンゲーム、テレビゲーム) 396件
活字メディア(漫画を含む) 851件
流通業(CDなど) 442件
その他 2件
リストCおよびD(オンラインメディア)
通信メディア 959件
流通業メディア(広告) 1件
没収内容
刑法第130条違反(民族憎悪表現) 111件
刑法第131条違反(非人道的暴力賞賛表現) 242件
刑法第184条違反(ポルノグラフィー) 182件
その他 3件

メディアの法的義務
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m3_Aa_txt.htm
通信メディアの法的義務
http://www.bundespruefstelle.de/Frames/m3_Folgen2.html
要請資格
http://www.bundespruefstelle.de/Frames/m2_Berechtigte.html
要請と提案
http://www.bundespruefstelle.de/Frames/m2_Antraege.html
手続き
http://www.bundespruefstelle.de/Frames/m2_Ablauf.html
指定対象範囲
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m2_Cf_txt.htm
青少年にとって危険な表現 暴力表現
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m2_Da_txt.htm
青少年にとって危険な表現 国家社会主義思想表現と人種的憎悪表現
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m2_Db_txt.htm
青少年にとって危険な重大表現
http://www.bundespruefstelle.de/Texte/m2_Dc_txt.htm

 
有害指定内容は、民間機関の活動により、インターネットでも公開されています。
「極めて有害なメディア」の有害メデイア目録(個別指定)は、連邦政府とレント政府双方で官報にわいせつ物リストが告示されます。
通常の「有害なメディア」は、パッケージメディアのみ連邦政府によって目録が告示され、レント政府が指定してプロバイダーなどが規制する有害なウェブサイトについては告示はされません。(宣伝になってしまうため)
 
ウェブサイトの自動翻訳は
 

http://www.worldlingo.com/en/websites/url_translator.html

 
などを使ってください。ドイツ語和訳の場合はGerman to Japaneseです。
以下、有害指定目録を公開しているサイト。たくさんあるので一部のみリンク。
 

■青少年有害メディア審査会有害指定情報
http://www.bpjm.com/
メインページ
http://www.bpjm.com/start.htm
http://www.bpjm.com/bpjm_menu.swf
刑法
http://www.bpjm.com/stgb_04.htm
有害メディア目録
映画 ビデオフィルム
http://www.bpjm.com/avideo_04.htm
映画 DVD
http://www.bpjm.com/idvds_04.htm
映画 レーザーディスク
http://www.bpjm.com/ilds_04.htm
映画 ビデオCD
http://www.bpjm.com/ivcd_04.htm
映画 映画フィルム
http://www.bpjm.com/ikino_04.htm
コンピューターソフト
http://www.bpjm.com/ipc_04.htm
録音 アルファベット順
http://www.bpjm.com/icdmc_abc_04.htm
録音 グループ・歌手分類
http://www.bpjm.com/icdmc_gruppen_04.htm
印刷媒体 書籍・漫画・雑誌など
http://www.bpjm.com/ibucom_04.htm
雑誌
http://www.bpjm.com/ivoraus_04.htm
自動的有害指定
http://www.bpjm.com/auto_04.htm
有害目録の決定
http://www.bpjm.com/iberichte_04.htm
押収物 刑法86a,90a,130,130a コンピューターゲーム*2
http://www.bpjm.com/130apc_04.htm
http://www.bpjm.com/86tontraeger_04.htm
http://www.bpjm.com/86prints_04.htm
http://www.bpjm.com/soft_04.htm

 
映画の自己検閲団体。
 

■FSK ? Freiwillige Selbstkontrolle der Filmwirtschaft
(映画自主規制会)
http://www.spio.de/
有害指定データベース検索ページ
http://www.spio.de/index.asp?SeitID=70

 
インターネットの規制促進サイト。
 

■情報コミュニーションサービスガイドライン
(情報コミュニケーションサービスのための大綱条件を定めるための法律)
http://www.iid.de/iukdg/
違法情報からの保護
http://www.iid.de/iukdg/index_cybercrime.html

 
有害情報を取り締まる連邦捜査機関の連邦犯罪捜査局。
 

■連邦犯罪捜査局
http://www.bundeskriminalamt.de/

 
ドイツは徹底した分権国家ですので、連邦犯罪捜査局とは別に、国民や団体の思想を調査する機関、思想団体を評価する機関、政策調査機関、政策評価機関、反憲法的活動捜査機関、反憲法的活動評価機関、業界や創作家と政策調整をする機関、教育機関、司法裁判所、行政裁判所憲法裁判所といった独立した機関があり、それぞれ独立した権限・組織・予算権限を持っています。
ドイツでは機関間の判断に差異が生じることは少なくなく、たとえば連邦犯罪捜査局が暴走して表現者を摘発しても他の機関が判断調整に動いて結果的に中立性が維持されるよう、分権による調整によって民主主義を実現するタテマエになっています。(実際には調整されず複数機関が同調してしまう場合は少なくありません)
 

■ドイツ法令情報
http://www.dejure.org/
ドイツ刑法
http://dejure.org/gesetze/StGB
§ 130 (Volksverhetzung)
民族憎悪(人種憎悪・憎悪表現の禁止/懲役3ヶ月〜5年以内)
http://dejure.org/gesetze/StGB/130.html
§ 130a (Anleitung zu Straftaten)
刑事犯罪の唱導(殺害募集などの禁止/罰金または懲役3年以内)
http://dejure.org/gesetze/StGB/130a.html
§ 131 (Gewaltdarstellung)
残酷な暴力の表現(罰金または懲役1年以内)*3
http://dejure.org/gesetze/StGB/131.html
§ 184 (Verbreitung pornographischer Schriften)
ポルノ表現の頒布(青少年への閲覧禁止/罰金または懲役1年以内)
http://dejure.org/gesetze/StGB/184.html
§ 184a (Verbreitung gewalt- oder tierpornographischer Schriften)
暴力的ポルノ・獣姦ポルノの頒布(一般への閲覧禁止/罰金または懲役3年以内)*4
http://dejure.org/gesetze/StGB/184a.html
§ 184b (Verbreitung, Erwerb und Besitz kinderpornographischer Schriften)
子どもの性的虐待ポルノの頒布(一般への閲覧禁止/懲役3ヶ月以上〜5年以内)*5
http://dejure.org/gesetze/StGB/184b.html
§ 184c (Verbreitung pornographischer Darbietungen durch Rundfunk, Medien- oder Teledienste)
放送媒体または通信媒体によるポルノ表現の頒布
http://dejure.org/gesetze/StGB/184c.html
§ 184f (Begriffsbestimmungen)
定義
http://dejure.org/gesetze/StGB/184f.html

 
刑法違反となる有害表現の類型は以下の通り。
 

1 刑法第86条違反表現(違法な反憲法的組織の宣伝。たとえば、解党命令を受けた国家社会主義政党などの組織活動を賞賛する表現物。日本で喩えると、翼賛会の活動を賞賛する組織の表現物は禁制品扱いです。)
2 刑法第130条違反表現(特定の集団への憎悪を扇動する表現。具体的にはユダヤ人排斥運動などの賞賛表現は禁制品です。日本で喩えると三国人発言の文書などはわいせつ扱いになるような感じです。)
3 刑法第130a条違反表現(公の平穏を害する表現。テロ予告表現や犯罪を煽る表現など。)
4 刑法第131条違反表現(非人間的な暴力を讃美する表現。いわゆる虐殺、拷問などの非人間的暴力を肯定する表現。)
5 戦争を讃美する表現。
6 死につつある人又は心身に重い苦痛を受けている人をその尊厳を冒す方法で描写する表現。
7 刑法第184条違反表現(ポルノグラフィー)

 
除外事項としてニュース、政治的報道、宗教活動、学術活動、芸術活動、その他の公益活動と認められる場合は、憲法基本理念の適用により、これらの規制の対象外と行政・司法によって判断されます。
たとえば、ハーケンクロイツを描くとドイツでは処罰されると言われていますが、ナチス時代についてのドキュメンタリーなどは除外事項と判断されるので有害目録には載りません。
かなり微妙なのは、芸術表現の除外がどこまで認められるのかという点です。
有害基準に抵触し有害リストに掲載された日本のパッケージメディアの一例として、たとえば、大暮維人*6の漫画「魔人 DEVIL」(講談社) *7が、ドイツ連邦青少年有害メディア審査会で「有害メディア」として指定を受け、ドイツ連邦官報に掲載されているようです。
漫画「魔人」は、線など独特のエロティシズムがありますが、明白な性器交合描写は無く、日本では一般図書として分類され、少年向け漫画として25万部以上販売されています。しかし、ドイツではセクシャルな表現で暴力を肯定しているとして「極めて有害なメディア」の審査対象になりました。審査の結果、作品の「芸術性」が認められ禁制品扱いの「極めて有害なメディア」にはなりませんでしたが、「有害なメディア」として成人向け扱いになりました。漫画「魔人」の事例は、性器描写よりも暴力肯定描写を規制の本旨とするドイツならではの規制結果と言えるかもしれません。
暴力表現、特にインターネット上の表現については最近は特に規制が強化されていますが、これは後述する「ズンデル事件」に対する中道派の反動とも関係があります。*8
 
以下、関連資料など。戸田氏の報告は必見。
 

インターネット時代の青少年保護法 戸田典子
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/216/21607.pdf

『ドイツにおける青少年保護政策−青少年有害メディア審査機関の決定事例を中心に−』概要
http://csc.social.tsukuba.ac.jp/pt_semi_j_041029.htm

立命館法学  一九九七年五号(二五五号)一〇二九頁(一四一頁)
ドイツ流サイバースペース規制 情報・通信サービス大綱法の検討
米丸恒治
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/97-5/yonemaru.htm

ドイツの放送における青少年保護の取り組み
http://www.meijigakuin.ac.jp/~miyata/monbukagakusyou.pdf

第4節 ドイツにおけるゲーム のレーティングシステム
http://www.ipa.go.jp/SPC/report/01fy-pro/distbase/gamerate/sec1-4rep.pdf

ドイツの事情 青少年
http://www.tatsachen-ueber-deutschland.de/2138.99.html
http://www.tatsachen-ueber-deutschland.de/2138.55.html

情報流通ルール-5/ドイツ
http://www.jiten.com/dicmi/docs/k12/17554.htm
ドイツ・マルチメディア規制法
http://www.jiten.com/dicmi/docs/k20/19965.htm

総務省(旧郵政省)
青少年と放送に関する調査研究会
諸外国における放送分野の青少年関連施策の現状
4 独国の青少年関連施策について
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/japanese/group/youth/youth_5.4.html

ドイツの「刑法一部改正法」
(仮訳)翻訳:夏井高人
http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/doc/code/act-1997-german-4.htm

第86条 憲法に反する宣伝活動の禁止
(1) 次のいずれかの団体の宣伝手段を,国内で頒布した者,頒布目的で国内もしくは国外で製作し,輸入し,輸出しもしくは公然とデータ記憶した者は,3年以下の自由刑または罰金とする。
1. 連邦憲法裁判所によって,憲法に違反すると宣告された政党,または,そのような政党の代用組織であるこことが疑う余地なく確定された政党もしくは団体
2. 憲法上の秩序もしくは国際協調主義と対立するものであることを理由に,疑う余地なく禁止された団体,または,そのような団体の代用組織であるこことが疑う余地なく確定された団体
3. 本法の適用領域外において,本条第1号及び第2号に規定する政党もしくは団体を目的として活動している政府,組織または団体,あるいは,
4. その内容において,かつての国家社会主義組織の傾向を持つものと認められる宣伝手段

[注釈]
国家社会主義組織とは,「ナチス」のことを指す。
(2) 第1項の意味における宣伝手段は,自由民主主義的な基本秩序と対立する文書,または,国際協調主義に対立する文書(第11条3項)のみをいう。
(3) 宣伝手段または宣伝行為が,国民の啓蒙,憲法違反の企ての防止,芸術もしくは学術研究,調査もしくは教授,その時代に起きた事件もしくは歴史の報道,その他これに類する目的でなされるときは,第1条の規定は,適用されない。
(4) 責任が軽微であるときは,裁判所は,本条の規定による刑罰を免除することができる。

ドイツの「青少年に有害な図書の流布に関する法律一部改正法」
(仮訳)翻訳:夏井高人
http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/doc/code/act-1997-german-6.htm

■外務省

ドイツ連邦共和国 Federal Republic of Germany
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/germany/index.html
最近のドイツ情勢及び日独関係
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/germany/kankei.html

2002年9月22日の連邦議会選挙において、シュレーダー首相率いる社会民主党(SPD)は僅差で第1党の座を維持。連立パートナーの緑の党が予想を上回る得票をあげたこともあって現職連立政権が辛うじて過半数を維持し、赤緑連立政権は2期目に入った(2002年10月22日成立。フィッシャー外相等主要閣僚留任)が、景気退潮、痛みを伴う改革の実施もあり、与党支持率は低迷している。
(与党) 社会民主党SPD*9 38.5%
  緑の党 8.6%*10  55
(野党) キリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU
  自由民主党(FDP) 7.4%
  無会派(民主社会主義党/PDS所属)

日・独首脳会談及び共同記者会見 平成16年12月9日
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiphoto/2004/12/09duits.html

■「有害」規制監視隊
http://hp1.cyberstation.ne.jp/straycat/watch/top.htm
「有害」規制ニュース
http://hp1.cyberstation.ne.jp/straycat/watch/news/index.htm
ドイツの「有害」規制
http://hp1.cyberstation.ne.jp/straycat/watch/news/archive/2002/09.htm

 
「ドイツは二度と加害者にはならない」という国策こそが、ドイツで暴力表現が強く批判され有害メディアとして規制される動機となっている側面があります。キーワードは「闘う民主主義」。

望田ゼミナール2
2005/3/7   ドイツを鏡に日本を考える―二つの国の戦前・戦後―
http://homepage2.nifty.com/hikaku-kyoto/massage%20motida2.html

冷戦下の西ドイツは、西側陣営に属する国として、議会制民主主義の道を歩んだが、そこには独特の色調が彩られていた。それは、ナチズムの否定と共産主義との対決という両翼の闘いを運命付けられた。「闘う民主主義」と呼称されるものがそれである。このことの端的な現われは、五二年に極右政党=社会帝国党が、五六年にドイツ共産党が、それぞれ「民主的基本秩序を侵害」するものとして、違憲判決を受け、禁止されたことである。
このように「戦争しうる国」「左右両翼と闘う民主主義」の道を歩んだ西ドイツは、他方で「ナチスの国」という過去の重荷を背負っていた。このような過去をもつ国が「戦争しうる国」の道を歩むことは、他方で「侵略しない国」であることを内外に表明することを強いられた。とりわけ西ドイツは周辺を、かつてのナチスによる被害諸国に囲まれていた。しかも、それらの諸国は高度な工業国であり、それらの国々と経済的な交流と理解をえなければ、西ドイツの経済再建と国際社会への復帰の道は開かれなかった。このことを成就するためにも、「侵略しない国」「過去を反省している国」たることを示さねばならなかった。すなわち過去の加害の罪を謝罪し、被害者たちへの経済的補償を明確にしなければならなかった。この点で、日本の経済再建と国際復帰の道程は大きく異なっていた。*11

戦後ドイツの極右勢力の歴史的変遷
http://www.ia.inf.shizuoka.ac.jp/~nakao/thesis/maruyama/M-2.html

こうした元ナチス関係者の一部が極右の政党やグループを結成していくうえで、その社会的基盤を提供したのは、敗戦直後に百数十万にものぼった失業者や東欧・旧東ドイツからの1000万人近い難民であった。特に後者は旧ソ連によって追放されたり旧東ドイツの土地改革によって所有地を失った人びとであり、彼らの中には、社会主義に対する深い怨念と強烈な反共主義が鬱積していた。
こうして、彼らを基盤にして多数の極右政党が元ナチス党員の活動家によって結成された。それらは離合集散し、人脈も重なり合い、その動向は極めて複雑であったが、その諸政党の中の代表的存在は「社会主義帝国党」であった。この党は1949年に結成され、元ナチス党員を結集するために、イデオロギーの点でも組織体制の点でもナチスとの多くの共通性をもっていた。その行動綱領をみてみると、「あらゆるドイツ人を、一つの統一国家に統合することを要求する」といったナショナリズムの強調とともに、ナチズムを連想させる「民族を基盤とした社会主義」が訴えられていることがわかる。51年のニーダーザクセン州議会選挙では得票率11%で158議席中16議席を、ブレーメン市でも得票率7.7%を獲得し、その存在感を大きく示した。ところが、ほどなく連邦憲法裁判所(最高裁判所)がこの党の違憲性を審理することになった。旧西ドイツ基本法憲法)では、その第21条第2項で「政党で、その目的または党員の行動が自由で民主的な基本秩序を侵害もしくは除去し、または、ドイツ連邦共和国の存立を危うくすることを目指すものは、違憲である。違憲の問題については、連邦憲法裁判所が決定する。」と定めていた。52年10月23日、以下のような判決が下された。
 
社会主義帝国党がナチ党の後継組織たることを自認していることは、大半が元ナチ党員によって占められている指導部の人的構成の点からも、元ナチ党員を党メンバーに獲得しようと努めている点からも、……ヒトラーを公然と賛美している点からも、明白である。」
 
こうして社会主義帝国党は憲法違反とされ、禁止されるに至った。こうした極右政党の禁圧の背景には、言うまでもなくナチス時代の非人道的行為に対する内外の厳しい世論があったが、それに加え、旧西ドイツ国家の発足にあたり、かつてナチスやドイツ共産党という「反体制政党」の自由を認めてきたことが、ヴァイマール共和制期の議会制民主主義を崩壊へと導いた原因と考えられていたことがあった。そのような見地からナチス期を反省した結果として、旧西ドイツと統一ドイツの民主主義は左右両翼に対して毅然とした態度で立ち向かう「戦う民主主義」(streitbare Demokratie)と称せられているのだが、社会主義帝国党の禁止はまさにこの「戦う民主主義」の結果なのである。
その後も、例えば1961〜62年の1年間には、約400万件の極右政党・グループの活動禁止や出版物の発禁処分が行われている。52〜60年代初頭までは、極右勢力にとっては「冬の時代」であったのだ。

結論 「過去の克服」のこれから
http://www.ia.inf.shizuoka.ac.jp/~nakao/thesis/maruyama/M-conclusion.html

「ズンデル事件」とは、カナダ在住のドイツ人、エルンスト・ズンデルが、インターネット上で「ホロコーストは存在しなかった」というホロコースト否定論を展開したことに端を発する事件である。ズンデルは「ホロコーストユダヤ人のでっちあげだ」と主張していることで悪名高い人物で、例えば、1980年にカナダで『ホロコースト』が放映された際、これを「ドイツ系住民に対する攻撃だ」と主張したり、また94年には、映画『シンドラーのリスト』の内容を嘘だとして、法的手段による上映阻止を呼びかけるキャンペーンを行ったりしている。
ズンデル・サイトは、言語は英語とドイツ語で、当初、アメリカのカリフォルニアから発信されていたが、ドイツ連邦検察局がドイツ最大のインターネット接続業者ドイツ・テレコムとアメリカのコンピュ・サーブ、アメリカ・オンラインに働きかけ、そこへの自国内アクセスをストップした。
しかし、検閲に反対するグループや言論の自由の観点から規制に反対する人びとが、ズンデル・サイトのミラー・サイト(まったく同じ内容を持つ別のサイト)を世界各地に作って対抗した。例えば、スタンフォード大学テキサス大学などアメリカ各地の大学のサーバにそのミラー・サイトが置かれ、皮肉にもドイツ国内からでも簡単にアクセスすることができるようになった。
この事件がきっかけで、コンピュータ・ネットワーク上の表現規制やプロバイダの刑事責任を法的枠組みで整備しようと議論が活発になり、その結果、通称「マルチメディア法」(「情報通信サービスの基本条件の規制に関する法律」)が世界で最初の統一的なサイバー・スペースに関する法律として1996年12月に可決され、翌年8月に施行された。
マルチメディア法は3つの新法と6つの改正法の総称で、全11箇条からなっている。
 第1条:テレサービスの利用に関する法律
 第2条:テレサービスに際しての個人情報の保護に関する法律
 第3条:デジタル署名に関する法律
 第4条:刑法の改正
 第5条:秩序違反法の改正
 第6条:青少年を害する文書の流布に関する法律の改正
 第7条:著作権法の改正
 第8条:価格表示法の改正
 第9条:価格表示令の改正
 第10条:統一的な命令秩序への回帰
 第11条:施行
この中でサイバー・スペースにおける極右やナチズムに関係があるのは第1条と第4条と第5条である。第1条により、極右サイトにおける責任は内容を配信している者に帰せられ、プロバイダは違法な内容を承知したうえ、技術的な対処を講じなかった場合のみにその責任を負う。第4条により、刑法第86条第1項「憲法に違反する組織の宣伝文書の国内での頒布、内外での頒布のための製造、備蓄輸出入を禁止する」の「文書」の部分に「データ記憶装置」が追加され、ナチズム的な言論のデータを利用した場合にも刑罰が科せられることになっている。基本法21条2項で極右も極左も規制の対象となっているが、第5条はその流れをくんで、行政上の秩序維持を目的とした「秩序違反法」に改正が加えられ、秩序違反行為の扇動などで「データ記憶装置」を利用することが禁止されている。
このマルチメディア法の制定により、インターネット上のナチズム的な表現を規制する法律上の根拠が確保された。しかし、日進月歩のインターネット技術は監視の目が行き届かないところへのサイトの設置を可能にし、2001年の時点でドイツの極右サイトは800を超えるという。そして何より、「ズンデル事件」のようにやすやすと国境を越えて入ってくる情報には国家の枠組みで対処するのが難しく、ナチス追及やネオナチ規制をこれからも実践していくには、国内の法整備だけでなく、国際的な協力を必要とする。しかし、ドイツの「過去の克服」を他国に押しつけるわけにはいかなし、「表現の自由」という大きな「壁」を乗り越えるのは非常に困難である。

 
ドイツの「闘う民主主義」という政治的認識抜きで、「ドイツでも日本と同様有害メディアは規制されている」などと日本の規制を肯定することは、日本における歴史修正主義の団体活動や表現物への規制を意図的に無視しているという意味で、妥当ではないと思われます。
私はリビジョニストに批判的ですが、だからこそ、批判されるべき歴史を忘れることに私は反対ですし、語り継いで批判し続けることが重要だと考えます。(性表現の創作者は歴史修正主義者と同じぐらい愚かだと言いたいわけではありません。念のため。)
 
関連ログ。
 

焚書、そして戦時下の漫画
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20041013#p1
ドイツ連邦共和国関連論文:緑の党と戦争責任
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20041201#p2

 
オマケ。
 

ドイツにおけるナチズムと戦争の記念碑・記念館一覧(抄)  南守夫
http://www.europa.aichi-edu.ac.jp/minami-seminar/doitsu-sensou-kinenhi2004.01.07.htm

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*1:sprufとfurのu、gefahrdendeのaはウムラウト

*2:Wolfensteinがアウトだったようです。むぅ。

*3:暴力表現物については、日本には刑法罰則は無く、都道府県の一部で規制を受けています。たとえば和歌山県青少年健全育成条例では、30万円以下の罰金です。

*4:日本の刑法のわいせつ物頒布罪は、二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料。ドイツよりも立法は一年軽いですが、淫行勧誘や強制わいせつなどと併合されるケースは少なくなく、量刑運用はあまり変らないみたいです。日本では犬や牛とのセックスはキリスト教徒では罪悪とされていますが、法律は器物損壊でしか処罰できず、獣姦写真などがわいせつとされ例は無いようです。

*5:日本の児ポ法(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律)では、児童の性交類似行為の表現物の不特定への提供行為は五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金です。 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO052.html

*6:大暮維人さんというと、最近ではアニメ「天上天下」が話題になりました。http://annex.s-manga.net/tenten/main.html http://www.mangaoh.co.jp/topic/ohgreat.php NAKED STAR (ホットミルクコミックス) http://d.hatena.ne.jp/asin/4877347569 個人的には線が太かったホットミルク時代の作品が気に入っています。

*7:魔人 1―Devil (デラックスコミックス) 魔人~DEVIL 1 http://d.hatena.ne.jp/asin/4063344193 「名台詞の小部屋」作品名・魔人(デヴィル) http://members.at.infoseek.co.jp/fikucer/word_te.htm

*8:ホロコーストは無かった」と主張する歴史修正主義コンテンツの検閲事件=「ズンデル事件」については、かつてデクラン・マカラフ氏などがインターネットの自由を保持するとの目的でミラーサイト作りをしていました。私は「右であろうと左であろうと表現の自由と通信の自由は守られるべきだ」「違う意見だからこそその表現の自由は認められるべきである」という意見ですので、間接的にデクラン・マカラフ氏を支持していたことがありましたが、その後「ズンデル事件」の反動としてドイツでインターネット規制が強化された時、「おまえは結果的にインターネット上の表現規制に加担した」と一部から私は批判されたことがありました。どう思いますか、みなさん。たしかにズンデルの歴史修正主義論はダメダメであり“トンデモ”な妄言です。しかし、その妄言を力で握りつぶすことによって「ホロコーストは無かった」論を実践する人と、とりあえず言論表現の自由を認めて「ホロコーストは無かった」論を批判する人、どちらが民主主義の市民としてふさわしいでしょうか。 関連情報→ドイツでの規制とネットの逆襲ーーズンデルのケース http://clinamen.ff.tku.ac.jp/CENSORSHIP/Overseas/Zundel.html 、 エルンスト・ツンデルはカナダからドイツに”送還” http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2005/03/post_1.html

*9:ドイツ第一与党=社民党SPDhttp://www.spd.de/

*10:ドイツ第二与党=緑の党 http://www.gruene.de/index.htm

*11:戦後ドイツが「戦争しうる国」「左右両翼と闘う民主主義」だとすると、戦後日本は「戦争を抛棄したふりをして大国利権に与る国」「本当は左右とも挙国一致で合意している国家社会主義国だけど左右両翼が民主主義のタテマエで闘うふりをしている国」でしょうか。