イラク日本人人質事件から一年:自作自演説とは何か

 
2004年4月7日、イラクで日本人が武装グループの人質となった事件がありました。
人質事件は、いわゆる「自作自演説」といったデマに象徴されるように、“情報の評価”をめぐる人々の受け止め方に様々な問題があることを浮き彫りにしたと思います。
 

イラク日本人人質事件 1.4月の事件 1.4 世論の反応 1.4.5 自作自演説

自作自演説
人質の拘束中から解放後しばらくの間、インターネットを中心に自作自演説が流れた。発端は、事件直後にインターネットの巨大掲示板2ちゃんねるなどで「あの拘束誘拐事件は自衛隊イラク駐留に反対する人質たちが自衛隊を撤退させるために仕組んだ『自作自演』である」と書き込まれたことにあると言われている。
「自作自演」だとされた主な理由は下記のようなものである。

  • 人質を拘束したテロリスト達が日本語のような言葉を喋ったから、被害者とテロリストは繋がっているに違いない。
  • 人質となった3人の日本人が拘束されてすぐに、「自衛隊撤退のデモ」が行われたのは不自然である。 何故なら、デモを行うには二、三週間も前に市役所等に許可を申請をしなければならない。 事前に人質事件は予定されていたに違いない。
  • 人質となった今井紀明氏の名前で、高遠菜穂子さんのサイトの掲示板に、『ヒミツの大計画!』という書き込みが行われていたようだ。これは自作自演の誘拐計画を暗示するものだ。

[208] ヒミツの大計画!(笑) 投稿者:今井です 投稿日:2004/04/07(Wed) 09:57
 今日は週刊朝日の記者さんと知り合いになりましたよ! アンマンで取材されている
 フリーライターなんだって。とりあえず仲良くなったところで、郡山さん(記者さ
 んね!)が、 あるとっておきの計画を持ち出したよ! これってサイコーか
 も?(笑) 歴史に名前を残す大偉業のような気がする! 一緒に聞いていた高遠
 さんも乗り気みたいだし、 これはやってみる価値アリだとおもうね。そのうち日
 本でもニュースになると思うから、チェックしてね!


こうしたネット上の「人質による自作自演」説には、2ちゃんねるなどの匿名掲示板で自然発生的に生まれたものだけではなく、次のようなマスコミ各社の「自作自演」を匂わせる報道とに呼応するものもあった。

  • 脅迫映像の中で3人以外が発した言葉の中に日本語と思われるものが混じっている、犯人グループに日本人が関与しているのではないか。 (「3邦人人質ビデオ未放映映像を解析 内藤正典・一橋大大学院教授 日本語話す人物存在 『言って、言って』発言促す」、『産経新聞』4月21日。)
  • 事件当時の首相官邸では、警察庁小野次郎首相秘書官と飯島勲秘書官の間で、自作自演の可能性が話し合われていた。事件勃発直後から支援団体が運動を開始し、その手回しのよさも疑念に拍車をかけた。高遠さんが犯人グループと同名の武装ゲリラと接触していたという情報も入っていた。 (「『人質報道』に隠された『本当の話』 『官邸』にまで達していた『自作自演』情報」、『週刊新潮』、2004年4月22日。)

一方、いくつかの週刊誌などでは、「『自作自演』を仄めかす報道や『自己責任』を強調する論調は、官邸周辺からの情報操作によるものだ」という記事も掲載された。

  • 外務省と公安から、自民党の1年生議員を通じて「自作自演説」がマスコミに流布されている。 (木村元彦イラク人質事件に対する政府、メディアの卑劣な対応を許すな!」、『ミュージック・マガジン』、2004年6月。)
  • 小泉首相側近や警察の公安担当部門が、記者に「自作自演の可能性を調べてみろ」と圧力をかけた形跡がある。軍事評論家・神浦元影氏は「事件が起きた状況を分析する限り、自作自演はありえないと思う」と述べている。 (「冷血」首相と「無能」外務省は他人事だった 〜小泉&官邸「許されざる家族への暴言」、『FRIDAY』、2004年4月30日。) 
  • 政府は警察や公安調査庁内閣情報調査室を通じて人質の思想を調査し、「人質の家族は共産党関係者」との情報をマスコミに流し、「自作自演」を疑う報道を展開させた。

(「怒りの暴露 いまだから書ける 聞くに耐えなかった解放された人質家族への誹謗中傷」、『週刊現代』、2004年5月1日。)
結局、事件が解決して次第に世論が沈静化して、さらに2004年4月末より年金未納問題へ注目が移っていくと、明確な根拠を示しえない「自作自演」説は自然に姿を消していった。
ヒミツの大計画!』に関しては、2ちゃんねる利用者有志によって、各種掲示板過去ログの追跡調査が行われた。その結果、以下のような不自然な点が見つかったために、今日ではこれが捏造文書であることはほぼ確定している。

  • 誘拐事件が報道された直後、高遠さんのHP掲示板のURLが2ちゃんねる上に紹介された(2004年4月8日21時10分)。多くの人々がこれを閲覧し、その内容について発言したが、誰も『ヒミツの大計画!』に言及する発言を残していなかった。
  • 高遠さんのHP掲示板ログには、『ヒミツの大計画!』なる書き込みは存在しなかった。
  • 高遠さんのHP掲示板ログには、2ちゃんねらーネット右翼によると思われる大量の荒らし書き込みが残っていたが、『ヒミツの大計画!』に言及したものはなかった。
  • 大量の荒らし書き込みを理由に、高遠さんのHP掲示板は閉鎖された(同、21時51分頃)。その直後、2ちゃんねる上に初めて『ヒミツの大計画!』という書き込みが登場した(同、22時9分)。
  • 高遠さんのHP掲示板ログにあった今井紀明氏の書き込みと、『ヒミツの大計画!』とでは、文体が著しく異なる。
  • ヒミツの大計画!』に酷似した文体の荒らし書き込みが、高遠さんのHP掲示板のログに残されていた。

 この追跡調査では、2ちゃんねるに書き込まれた十数行の捏造文書『ヒミツの大計画!』が、伝播するうちに次々と追加情報を付加され、長文化していったことも明らかになった。自衛隊イラク派遣に賛成する地方議員や評論家らの中には、自らのサイトで『ヒミツの大計画!』を紹介し、「自作自演」疑惑を示唆する者もいた。しかし、いずれも文書の出所については明記しておらず、「極めて信頼出来る筋」「ある女性の方から」等々、あいまいな表現を用いていた。
 さらにこの調査では、2ちゃんねる上で最初に「自作自演」の文字が登場した時刻(2004年4月8日20時43分)も特定された。誘拐事件の報道から数十分後、未だ事件の詳細が一切明らかになっていない段階から、すでに「自作自演」説は存在していたことになる。

 
情報の受け手である民衆にとって判断の前提となる情報が無かったり、あるいは状況判断に必要な情報が不透明であればあるほど、情報を送る側にとってこれほど好都合な状況はありません。
あの当時、テレビ局や新聞社の社員で、イラクの現地で取材を続けた人はほとんどいません。隣の国のホテルの中から中東のテレビを見て記事を書いていた記者ばかりです。
情報の制限や枯渇は、情報を送る側、たとえばイラク人質事件でいえば情報源である内閣官房、外務省、記者クラブ、そしてデマを工作した人たちなど、一部の人に議論の前提となる情報の主導権を握らせることになります。
ということを意識できる人は、冷静な議論を続けることはできますが、残念ながら、そこまで意識している人が必ずしも多くは無いというあたりに、ある種の民衆のリテラシーの未成熟さがあるように思われます。
不透明な現象に接した時に、すぐにその現象を絶対化せずに、できるだけ相対化して評価する。そういう訓練というか、環境をどうすれば作れるのか。それが今後の課題のひとつです。
 
miyadai.comより抜粋引用。
 

右翼思想からみた、自己責任バッシングの国辱ぶり
投稿者:miyadai 投稿日時:2004-05-30
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=98

イラク人質事件での「自己責任」大合唱を聞くにつけ、「自己決定=自己責任原則」の専門家たる私としては心強い限り(笑)。と思ってよく聞くと「政府に逆らう奴は自分でケツを拭け」だと。三度ヘソで茶を沸かした。
■政治家から国民までこれほど民度が低いとは。福田元官房長官は「政府に迷惑をかけておいて」だと。「外務省職員は寝てないんだ」とさ。雪印食品の社長に噛みついた記者の「俺だって寝てないんだ」発言を思い出す。
■取材で眠らないのは記者の仕事。パスポートを持つ国民の救出で眠らないのは役人の仕事。国民の憲法的命令に服するは公僕たる役人の本務。犯罪者だろうと国民救出に全力を尽くすのは憲法的義務。寝ないでやれ。
■逆に言えば「費用を払え」大合唱は、危険を顧みぬNGO活動に対し「明日は我が身」と連なるコモンセンスを持ち合わせるかわりに、「奇人扱い」して切り離すだけの、国辱的な民度の低さをさらけ出す。
■元人質のうち二人が、同じ日にまず弁護士会館で日本人記者相手に、ついで外人記者クラブで外国人記者相手に記者会見した。二人の発言は同じだったが、記者の雰囲気が対照的なのだ。
■日本の国辱記者どもは「迷惑をどう思うのか」「謝る気はないのか」と頭を下げさせようとする。外国人記者たちは「よく帰ってきた」「ご苦労さん」という雰囲気に満ち、「明日は我が身」の想像力を示す。
■日本の記者どもの国辱ぶりは、NGOで人命救援活動をする者を「奇人」としてカットアウトする民度の低さに留まらない。現地で記者活動をする者をさえ「賤民」としてカットアウトする大手メディアの堕落ぶりも同じだ。
■後者は後で述べるが、前者はコモンセンスをめぐる民度の低さのみならず、国民概念への無知をも露呈した。言うまでもなく現地NGO活動も現地記者活動も「ヒューマニタリアン的活動」たりうる。
■この活動たるや、自国政府の方針がどうあれ信念に基づく行動を貫徹する所にこそ、本義がある。自国政府がお墨付きを与える活動のみに限定するなら「ヒューマニタリアン的活動」が聞いて呆れる話。直ちに国際的な嘲笑の的だ。
■「自国政府が許容するものだけがヒューマニタリアン活動だ? バカか!」という程度の話だが、この種のタワゴトが日本を埋め尽くすなら「国家の前に国民あり」とする近代国家的理念への国民的無知を晒すことになる。
■国民は憲法的命令で国家を操縦する。これが常識。政府の言うことを聞かない国民は反日分子とほざく議員がいた。法的命令がない限り政府の言うこと聞かないのが国民だろうが。憲法に国民の義務を書けとほざく輩が議員を名乗る国ならでは。
■こうした恥晒しが何ゆえに起こるか。理由は三つ。第一は既に述べた近代国民としての民度の低さ。法的命令のない限り国家に自由に逆らい得るのが国民だとの憲法的常識もなく、国民的活動に同感可能性を示しうるコモンセンスすらない。
■第二は2ちゃん的な「サヨ嫌い」の背景にある右翼左翼概念の未成熟。戦後日本は、日の丸に一体化するヘタレを「右」、赤色旗に一体化するヘタレを「左」と呼ぶ。「大いなるもの」に寄り縋るヘタレぶりにおいて目糞鼻糞。
■要は護憲も安保も「対米ケツ舐め」に抗うツールだったはず。それが六〇年安保改定時「米国の犬」岸信介の拙劣な議会運営で生じた国民運動を機に、安保=米国ケツ舐め=右、 護憲=平和主義=左という、捩れた図式に移行した。
■2ちゃん的サヨ嫌いの気持ちは分かる。だが「自衛隊派遣反対がサヨ、賛成がウヨ」はありえない。国際刑事裁判所設立問題に続く「対米ケツ舐め」で日本は今や国際的恥さらし。「対米ケツ舐め自衛隊派遣」に思考停止的に賛成する者こそ売国奴だ。

 
「大いなるものに寄り縋るヘタレぶりにおいて目糞鼻糞」という指摘は同感で、一部の人たちなどが自分の価値を高めてくれる情報源を発見すると「神キター」と叫んで崇拝する現象などは、「大いなるもの」に依存しなければならないほど人格が未熟というか、弱りきっているように私には見えます。
元ネイバー社員とされる要氏が、ネイバー社員として知り得た「ちゆ12歳」右傾化扇動工作サイトであると告発した後に、情報を相対化して受け取ることができない「ちゆ12歳」の崇拝者の一部が告発者のみならず告発を伝えただけの私にもくだらない批判でふきあがるといった現象がありましたが、これも「大いなるもの」に依存しなければならないほど弱りきった人格の人たちがいることの証左かもしれません。
彼らの脆弱な人格を支えてくれる「大いなるもの」の対象=神は、宗教的な意味での神にかぎりません。弱者の不孝を嘲笑う彼らが「誰かを支配している強い自分」という幻想を肯定し強化してくれる存在であれば、誰であってもそれが彼らにとっての神です。
イラク人質事件では福田前官房長官に「神キター!」と叫び、福田前官房長官が失脚するとこんどは安倍前幹事長の発言に「神キター!」と叫ぶという具合に、彼らにとって神はいつでも代替可能の道具にすぎません。
そこにあるのはまさに自己肯定してくれる他者への信仰であり、「私は、私を肯定してくれる神を信じる」という信仰告白です。
もちろん私は、信仰それ自体が悪だと言いたいわけではありません。なにを神として信仰するのも自由。二次元美少女を神としてそのすばらしさを称えるのも結構。
しかし、信仰の範囲だけなら良いですが、その個人的な信仰の問題を、政治のヘゲモニー闘争に利用するのは迷惑です。公私の区別をするように、政治と宗教も分離しろ、ということです。
自分の部屋の中で二次元美少女を愛玩したり、弱いものイジメの妄想に浸りきるだけなら他人に迷惑をかけませんが、実際に虐待したり、実際に弱いものイジメをしたり、政治運動などパブリックなことに関ることは、他者に関るということですが、そのことを自覚しない人が一部にいる。
早い話、自分の信仰の問題で他人をまきこむな、おまえの問題はおまえ自身で解決しろ、他者に関るなら最低限自分の妄想の始末は自分で始末しろ、甘えるんじゃねぇ、ということです。
成熟した人格の成人であれば、弱い者イジメをしている奴が一番の弱虫だという理解は常識的ですが、そういう理解をなぜ彼らが得られないのか。なぜ人格的に未熟で「ヘタレ」なのか、そのような未熟な人が成熟していくためにはなにが必要なのかといった問題は、今後も検討しなければならない問題だと思います。
 
ヒミツの大計画!参考リンク。
 

いぬぶし先生と、捏造文書「ヒミツの大計画!」にまつわる思い出
http://motomiya2.hp.infoseek.co.jp/inu-wang%20OFFICIAL%20WEB%20SITE.htm#因縁

その後、私は「この怪文書がどのようにネット上で広められていったか」についても調査しました。
すると意外にも、社会的に地位のある方々が、「これは本当でしょうか」「本物かどうかは定かではありませんが」などと言いながら、「ヒミツの大計画」を得意げに紹介しておられる事例を多数みかけることになりました。
いぬぶし先生。
あなたもその一人です。
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=98044&pg=20040410
わたしは何も、いぬぶし先生が「ヒミツの大計画!」を捏造した・・・などというつもりはまったくありません。
あなたはただ、真偽定かでない情報を、自らのホームページに記載し、結果として「意図的に人質を中傷する捏造文書」を発信していただけです。
自国の国民がイラクで誘拐されて、目隠しされてあちこち連れ回され、死の恐怖にさらされながら、それでも誘拐犯に向かって「私たちはイラクを援助しに来ている」「こんな誘拐や武装闘争では何も変わらない」と、必死の説得を試みている、まさにその時に。

捏造文書「ヒミツの大計画!」を追う(1)
http://d.hatena.ne.jp/claw/20040520
捏造文書「ヒミツの大計画!」を追う(2)
http://d.hatena.ne.jp/claw/20040521
捏造文書「ヒミツの大計画!」を追う(3)
http://d.hatena.ne.jp/claw/20040522
捏造文書「ヒミツの大計画!」を追う(4)
http://d.hatena.ne.jp/claw/20040523
捏造文書「ヒミツの大計画!」を追う(5)
http://d.hatena.ne.jp/claw/20040524
捏造文書「ヒミツの大計画!」を追う(6)
http://d.hatena.ne.jp/claw/20040619

関連ログ。
 

人の生命をおもちゃにして遊ぶ人の顔をした■■■■
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20040407
イラク日本人人質事件。ケダモノと人間を再発見
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20040414#p3

───────────