日本テレビ視聴率操作問題

操作問題というより、買収問題と書くべきでしょうか。

ふと思ったんですが、テレビ視聴率の買収だけが問題になっていますが、他の業界は大丈夫なんでしょうか?
たとえば、新聞の折り込み定数。公告代理店ではこの地区は1地区4500部配ってまーすっていう部数が公表されていて、じゃあこの地区に何部配りますみたいなことをやるわけですが、実は折り込み定数の3割は新聞販売店が自分で買って部数を水増していて実売は低いという噂もあります。雑誌だって公表部数の上澄みは日常的らしいという噂はあります。
疑えばきりが無いですが、テレビを批判している新聞や雑誌はどうなのか、という疑問はあります。

日本テレビ視聴率操作問題追加情報

東奥日報
社説11月25日 放送界は番組の質で競争を
http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/sha2003/sha20031125.html

■朝日.com
・日テレ視聴率操作特集
http://www.asahi.com/special/ntv/

テレビ朝日
広瀬道貞社長 定例記者会見(要旨)  2003年11月25日
http://www.tv-asahi.co.jp/company/corp/teirei/2003/1125.html

※ 日本テレビ視聴率操作問題について
広瀬社長:
色々な改善策が取り沙汰されているが、テレビ朝日では数字だけではなく「質」を調査する「リサーチQ」を導入し、そのデータに基づいて各所で工夫を行っている。この「リサーチQ」を活用していけば質の点からも視聴者の皆様から示唆を受けることができると考えている。視聴率については、目標と言う意味で重きを置くが、誤差がある、サンプル数が少ないなどの限界があることはわかっているつもりである。ましてや、視聴率で昇進・昇給などを決めるというものでもないし、企業体質をゆがめるものだとは思っていない。民放連では、良い機会であるので「質」についての共通の尺度がないものかどうか研究してみようという論議になっている。

「質」についての共通の尺度…。
むずかしいですね。視聴率に代替し得る共通の基準。

私は、視聴率を一概に否定はしません。
視聴率は善か悪かという二項対立的な考え方ではなくて、それは多様な番組に対するひとつではないかと。
問題は、テレビや公告関係者に、番組に対する考え方の多様性が失われているという点。
たとえば、「みんなが視ている良い番組」という評価の一方で、「観ている人は少ないけどマイノリティを積極的に採用している良い番組」という評価があってもいいはずで、そういう多様な評価を維持しにくい環境が業界にるのではないか。
番組評価価値の多様性が局内で確保されていれば、少なくとも視聴率以外にも評価基準が確保されていれば、番組評価面で複数価値間の緊張関係が生まれ、その緊張関係によって特定価値の暴走の抑制が期待できるでしょう。
「多様な番組評価価値の調和」を作る努力を放送局幹部たちが怠たり、制作現場を一元的な価値基準で統制してきたことが、番組制作の価値バランスを失わせ現場を暴走させた問題の根源ではないかと私には思われます。

広瀬道貞社長 定例記者会見(要旨)   2003年10月28日
http://www.tv-asahi.co.jp/company/corp/teirei/2003/1028.html

今回の事件が視聴率競争のゆがみの極地、という見方もあるようだ。しかし、視聴率優先で数字がとりにくい教育的な番組が少なくなる、というような弊害はあるかもしれないが、今回の問題は全く特別。それ以前の問題である。

日テレもテレ朝もトカゲの尻尾切りをしているのではないか…。

産経に掲載された志賀信夫氏のコメントが産経らしくて面白い。

産経新聞
モニター世帯に視聴依頼 謝礼渡す プロデューサーが視聴率を操作 日本テレビ
http://www.sankei.co.jp/edit/bunka/2003/october/kiji/1024ntvratingcontrol.html

放送評論家 志賀信夫さんの話
テレビ界は視聴率至上主義によって、経済的に成り立っており、1%上がるか、下がるかで局の経営も大きく影響する。だから視聴率は手を触れてはいけない、神のような存在だったはず。今回の日本テレビの行為は神を冒涜(ぼうとく)するもので、タブーを犯してしまった

つまり日テレはツァラトゥストラだったと。「神は死んだ、日テレが殺した」と。(笑)
「視聴率神」を信仰していた視聴率信者たちの中から神殺しが出るとは皮肉です。
視聴率が神になるのは良くないですが、新たな基準が視聴率に替わる神になることも望みません、私は。

責任の所在は当然追及されて然るべきです。が、日テレは悪い、日テレ社員は悪い、いやテレ朝の方が悪い、視聴率は悪いという魔女狩り的議論は、視聴率操作問題の本質から離れているようにも感じられます。

大西赤人
・「日テレ社員、視聴率『買収』」は、何を「だまし」何を「裏切った」のだろう
http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/colum208.htm

■田中良太
旭川新聞「田中良太のニュースを読む」第10号=2003年11月14日
http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200311231130000000024557000

この野球拳が94年暮れ、突如流行ったのをご存じだろうか。流行ったといってもテレビ画面の中だけである。それも日本テレビだけだった。
 どういう経過だったのか、まず95年1月14日付 朝日夕刊 芸能面の <フジVS.日テレ、過激な視聴率争い 三冠王の奪取へ特番を前倒し>という記事からお読みいただこう。

日本テレビの場合、一部のレギュラー番組は出番がなくなっていた。内容もエスカレートした。「あんなことをしてまで、視聴率はいらない」。TBS幹部の一人は31日の日テレの番組を見てこういった。一般の女性1,000人を集めた「野球けん」だった。じゃんけんをして、負けた方が1枚ずつ服をぬいでいく。勝ち残った人が100万円をもらう。NHK「紅白歌合戦」の裏番組としては他局を圧倒する15・3%(同)を記録した。日テレは元日も同様の賞金つき番組を流した。

歳末の番組編成全体を野球拳中心として視聴率トップを達成した罪と、今回のプロデューサーが冒した罪と、どちらが大きいのだろうか。私は「企業ぐるみ犯罪」の方が罪が重いと考える。

あはは。そういや日テレでやってましたね、野球拳。

民放労連関東地方連合会
・関東地連メールニュース03-18号 2003年11月21日
日本テレビ「視聴率操作」調査委員会報告についての委員長談話 中央執行委員長碓氷和哉
http://www.minpo-kanto.com/page070.html

日本テレビでは氏家会長の号令の下、他の民放各社に先駆けて「成果主義賃金」制度を導入し、萩原社長は視聴率でトップを取りつづけることを至上命題として社員を叱咤してきた。今回の事件によって、成果主義、視聴率至上主義が、放送制作現場にモラルハザードを引き起こす原因になっていることが浮き彫りになったと言えよう。このことを考慮すれば本人の懲戒解雇処分に比べて、経営陣の責任のとり方には疑問の残るところである。

順当な認識でしょう。

・関東地連メールニュース03-16号 2003年11月18日
「視聴率操作」に関する調査報告書
http://www.minpo-kanto.com/page068.html
・関東地連メールニュース03-13号 2003年11月04日
広告主協会、視聴率不正事件で日本広告業協に要望書
http://www.minpo-kanto.com/page065.html
・関東地連メールニュース03-11号 2003年10月29日
日本テレビ労組 視聴率不正操作問題に対する緊急声明
日本テレビ視聴率不正問題についての民放労連見解
http://www.minpo-kanto.com/page063.html
・関東地連メールニュース03-10号 2003年10月28日 視聴率操作問題特集
http://www.minpo-kanto.com/page062.html

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