栗原貞子:生ましめんかな

栗原貞子が3月6日に亡くなっていたことを知りました。
私にとっては“ヒロシマの怒り”を代表する母親的な存在の方でした。
ご冥福を祈ります。
 

 こわれたビルデングの
 地下室の夜であった。
 原子爆弾の負傷者達は
 ローソク一本ない暗い地下室を
 うずめていっぱいだった。
 生ぐさい血の匂い、死臭、
 汗くさい人いきれ、うめき声
 その中から不思議な声が
 聞こえて来た。
 「赤ん坊が生まれる」
 と云うのだ。
 この地獄の底のような地下室で
 今、若い女
 産気づいているのだ。
 マッチ一本ないくらがりで
 どうしたらいいのだろう
 人々は
 自分の痛みを忘れて気づかった
 と、「私が産婆です、私が
 生ませましょう」と云ったのは
 さっきまでうめいていた
 重傷者だ。
 かくてくらがりの地獄の底で
 新しい生命は生まれた。
 かくてあかつきを待たず
 産婆は血まみれのまま死んだ。
 生ましめんかな
 生ましめんかな
 己が命捨つとも…

 
(栗原貞子)

 
私事ですが、私が高校生の頃、フィールドワークで地元に住んでいる戦争体験者の話を直接会って聞くという調査活動をやったことがあります。
ある日、長崎で被爆したというある女性のところに取材に行った時のことです。
当時、被爆の実態について知識や理解があまり無かった私は、「どうして故郷の長崎に戻らないのですか?」と、疑問に思っていたことをぶしつけに尋ねてしまったのです。
女性は、私の質問を聞いて、私に怒りの顔を向けました。
(どうしてそんなことを聞くんだ! それだけは一番聞いてほしくなかったことだったのに!) そう語っているような、つきさすような目でした。
それから瞳を涙で潤ませ、そして考え込み、沈黙しました。
ずっとずっと沈黙して、そして一言、女性はこう言いました。
「…戻れません」。
この時の悲しみの声を、私は一生忘れることは無いでしょう。
 
核戦争の記憶を忘れてはいけない。
核戦争を決して美化することがあってはならない。
戦争の忘却や美化は、国民であるまえにひとりの人間として、不道徳である。
そう思います。
 
関連図書。
 

栗原貞子詩篇
栗原貞子全詩編
http://d.hatena.ne.jp/asin/4812014808
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日本現代詩文庫 17 (17)
栗原貞子詩集 (日本現代詩文庫)
http://d.hatena.ne.jp/asin/4886252311
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問われるヒロシマ
http://d.hatena.ne.jp/asin/4380922340

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